小説という名の日記B(栞機能無し)
31
襤褸が出ないうちに、何か書く物を貸してくれないか、と陽也に申し出る。
鞄から取り出した陽也のノートに、自宅の電話番号と名前を記入した。
携帯電話の番号だろう。
陽也がノートに十一桁の数字を書き込んでいる。
「じゃあこれ」
数字を書き込んだ部分を破り、泰造にくれた。
陽也の名前が書いてあったが、念の為に「これは?」と尋ねてみる。
「俺の携帯の番号」
授業中は出れないけど、と前置きしてくれた。
ペンで書かれた文字は、丸まってもなく角張ってもない。
読み易く自然で柔らかいその文字も、陽也の性格を表しているように見える。
泰造は切れ端を丁寧に畳んで、ポケットに仕舞った。
連絡先を交換した後、陽也がちらりと腕時計を見遣る。
思わず泰造も腕時計で時間を確認すると、立ち話を始めてから一時間近く経っていた。
「長い時間引き止めて申し訳ない」
つい謝れば、陽也が苦笑して首を横に振った。
そういった仕草の一つ一つが愛おしい。
この年になって恋をした相手が陽也で良かった。
連絡すると陽也に告げれば、嫌な顔もせずに頷いてくれる。
「何かあったら電話して。相談には乗れなくても、話を聞く事なら出来るから」
本当はアドバイスしてあげれるのが良いんだろうけど。
それは、訳があって人嫌いの知り合いの家に住んでいる泰造への配慮だろう。
訳を聞かずに、優しく声を掛けてくれる。
押し付けがましくもなく突き放しもしない。
「その内に遊びに行こう」
一時間の会話の中で、陽也が泰造に好意を抱いてくれた。
それは陽也のその言葉からも伝わってくる。
今まで近付く事さえ出来なかった泰造には、それが嬉しい。
友情でしかないと分かっていても、それでもいいと思う。
それじゃあまた。
手を振って陽也が帰って行く。
泰造も歩きながら振り返っては、見えなくなるまでその背を見詰めていた。
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