小説という名の日記B(栞機能無し)
27
「頼む。試させてくれ」
騙されているという疑いも忘れ、泰造は男に頼み込んだ。
興味をなくした男が、仕方なさそうに振り向く。
そして泰造の手の中にカプセルを落とした。
「飲むなら飲むで、さっさと飲んでください。もう待つのも面倒なんで」
泰造は迷わなかった。
何故ならば。
いつの間にか小瓶がなくなっていた。
男が片付けた気配もなかったのに、いつの間にか忽然と消えていた。
泰造の常識では考えられないこと。
どう頭を捻っても理屈のつかないこと。
泰造はそれに気付いた。
カプセルを口に入れる。
途端にカプセルが溶け、喉に少量の液体が流れ込む。
だが熱くも寒くもならない。
痒くも痛くも苦しくもならない。
変化が起こりそうなのに、全く変化が感じられない。
若返らないのか。
失望は差し出された鏡によって、驚愕へ変わった。
「それがあなたの肉体です」
鏡には少年の顔があった。
若かりし頃の泰造の顔。
十代後半の少年の顔。
慌てて浴室へと駆け込み、等身大の鏡の前に立つ。
「おお・・・」
感激が口から零れ落ちた。
張りのある肌。引き締まっ肉体。
染める必要もない黒髪。
求めていた若さ。
願っていた肉体。
漏れた声も少年の頃の声で。
陽也と並んでも引け目を感じない。
同じくらいの年齢の肉体。
それが今、現実のものとなっている。
あの男はきっと神だ。
神に違いない。
神は命と引き換えだと言った。
若さの引き換えは泰造の余命。
泰造の余命は十数年。
だがその代わりに、一年間若さを手に入れられる。
迎えを待つだけの十数年と、陽也に会える一年。
それは比べるまでもない。
「それではどうする?」
鏡に映らない男の声が後ろから聞こえた。
「薬をください」
鏡の自分を見つめたまま男の声に答える。
それからゆっくり振り向いて、黒ずくめの男を見た。
「ならば代償を貰うがよいか」
「構いません」
「薬は居間のテーブルに置いておいた」
口調の変わった男を不思議とも思わない。
男の姿が突然目の前で消えても最早驚かなかった。
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