小説という名の日記B(栞機能無し)
8
泰造の胸中を知らず、ハルヤが無邪気な笑みで答えを返してくる。
「鹿沼です」
「カヌマ?それはどういった漢字を書くんだ」
「鹿に沼です」
「ほう、それで鹿沼ね。良ければ下の名前も教えて貰えないだろうか」
如何にも雑談の延長線上での問い掛けというように、さりげなさを装う。
だが内心は名字を知れた事で小躍りしていたし、名前を知る事が出来ると浮かれてもいた。
穏やかに接したお陰で、少しは打ち解けてくれたようだ。
タオルを渡すと、ハルヤが礼を述べて素直に手を拭いている。
「陽也です。太陽の陽に也と書きます」
「素敵な名前じゃないか。では陽也君、茶でも飲んでから帰らないか?」
太陽と言うよりは、暖かな陽溜まりのようだ。
照りつけるのではなく、柔らかく癒やしてくれる。
思い遣りのあるこの少年によく似合う名前だと思う。
草むしりも終わった。
手も洗った。
罪滅ぼしを済ませたのだから、陽也は帰ろうとするだろう。
せっかくだからもう少し話したい。
もう二度とこんな機会はない。
そう思う心が、帰ろうとする陽也を引き止めた。
いえ、そこまでして頂く訳には・・・。
辞退しようとする陽也の情に訴えかけてみる。
「無理にとは言わない。何しろ俺は老人の独り身。誰かとこうして話すのも久し振りだ。まだ時間があるなら、寂しい老人の暇潰しにでも付き合ってくれないか」
不自然にならない程度に、孤独による寂しさを強調した。
陽也は情に脆い。
今までこっそりと彼を見てきたのだから分かる。
泰造に向けるそれは、同情と言えるものかもしれない。
だが陽也ともっと話せるならば、それが一人暮らしの寂しい老人への同情だとしても構わない気がした。
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