小説という名の日記B(栞機能無し)
4
竹塀の向こうから、いつものように複数の声が聞こえてきた。
泰造は竹塀の隙間から、少年達を覗き見る。
いつも頭を下げてくれるあの少年が、今日も一緒に居た。
少年を目にし、泰造の顔が自然と綻ぶ。
実際に面と向かって会っている訳ではない。
だが少年に会えるのが楽しみで、少年が去ってからも、少年を思い出しては心が暖かくなった。
少年と会えるのがガーベラと引き換えだと思うと、内心複雑な心境に陥る。
それでも少年に会えるとなると、それを我慢するのも仕方ないと思えた。
少年達は泰造が竹塀のこちら側で耳を澄ませている事を知らない。
だから互いの名を警戒する事もなく呼び合っている。
お陰で少年の名を知る事が出来た訳だが。
少年の名前はハルヤと言い、花を手折る少年ユウジの友人。
ユウジの恋人がアサミ。
少女達の顔触れは都度違うが、皆アサミの友人。
ユウジの情報はどうでもいいが、ハルヤの情報を少しでも知る事が出来るのは嬉しかった。
ユウジと少女達が花選びをしている中、今日もハルヤが何か言いたげにその光景を眺めていた。
見慣れたその光景が未だ複雑なのだろう。
その気持ちが泰造の胸にもじんわりと染みてくる。
「これなんかどう?」
「これもいいんじゃない?きっと麻美ちゃん、喜んでくれると思うよ」
「けど昨日も赤だったんだよな」
「じゃあ今日は黄色にする?」
何も言わず眺めているが、ハルヤがいつもとどことなく違う。
いつもは語り合う友人達に何か言いたげではあるが、態度にそれほど表れない。
今日は口を開いては噤み、深呼吸をしてはまた口を開いている。
「これにしようかな、麻美がこの花を見て、少しでも元気になってくれれば」
ユウジがにこやかに言った時だった。
意を決してハルヤが口を開いた。
「あのさ、祐二」
「ん?何?」
ユウジがにこにこと笑い掛けている。
反対にハルヤは困ったような表情をしていた。
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