小説という名の日記B(栞機能無し)
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朝ゆっくり起きて暫く寛いだ後、一泊分の荷物を準備した。
「倖乃と出掛けるのにこんな格好じゃ」
「あはは、普段着で十分だよ。そんな高級なとこに行く訳じゃないし」
「けどせっかくの旅行だろ?」
「普段通りがいいな。何時も通りの格好でのんびり過ごしたいし」
旅行と言っても本当に近くで、電車で三十分の距離。
二人分の往復の電車代と二人分のホテル代。
土産も買う必要がないから、財布に残っている金で足りる筈。
そわそわとはしゃぐ父親を宥めながら、財布をポケットに仕舞った。
ファミレスで昼食を摂り駅へと向かう。
遅く起きた所為で朝昼兼用になった食事。
柚季はサンドイッチを少し残した。
駅までの道、そして駅に着いてからも手を繋いでいた。
駅構内では手を繋ぐ方が、父親を見失う危険がなかった。
「これって新婚旅行みたいだな。本物の新婚旅行は、もっといいとこに連れて行ってやるからな」
二人分の着替えが入った鞄を片手に抱きながら、父親が柚季の顔を覗き込んでくる。
返答を期待する瞳に大きく頷いて、本物は海外にしよう、と返事した。
最初は立たなければいけなかった車内も、途中で座ることが出来た。
柚季を優先して座らせてくれる。
荷物を受け取って膝に抱えれば、重くないか?と気遣われた。
これくらい平気だよ。
膝の上の大した物も入ってない鞄は、例え女の倖乃でもそう答えるに違いなかった。
車窓から見える景色より、父親の楽しげな顔を見ていたかった。
倖乃が生きている父親の世界。
其処から抜け出さなくてもいい。
その世界が父親に必要なら、今はその世界で笑っていてほしい。
父親が気遣う度に柚季は微笑んで言葉を返した。
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