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小説という名の日記B(栞機能無し)
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「何でこんな・・・」

はっとしてポケットに手をやると、入ってる筈の財布がない。
玄関に行けば、上がり口に見覚えのある財布が放り出してあった。
靴を履く時に気付かず落としたに違いなかった。

父親の手には真っ二つに切ったキャッシュカード。

「ユキ、これがまだだったのに」

子供のように唇を尖らせ、キャッシュカードを振って見せる。
キャッシュカードの暗証番号は倖乃の誕生日だった。



一体幾ら燃やしたのか。
黒焦げとなった紙幣は、僅かしかその片鱗がない。

「何でお金を燃やしたの?」

「要らないだろ。ユキさえ居れば金なんか要らない」

無邪気に答える父親に胸が痛くなった。

立ち昇る煙に近隣は何も思わなかったのだろうか。
父親の姿に火事ではないと判断し、声を掛けなかったのだろうか。
倖乃が亡くなってから近所付き合いも無くなった家庭の事など、火事でなければどうでも良かったのだろう。



近隣を責めるのは責任転嫁だ。
自嘲の笑いが込み上げてきそうになった。

父親を一人にしたこと。
自分を優先し学校に行ったこと。
無理してまで行ったから財布を落としたのも気付かなかった。

父親を一人にすれば何があるか分からないと知りながら一人にした。
柚季が居なければ不安定になる父親だと知っていた。
知っておきながら不安定な父親を一人にして、自分を優先させた。

なんだ他の誰の責任でもないじゃないか。
父親を一人にした自分の責任だ。
それが分かった途端、柚季には父親も近隣も責めることは出来なくなった。



父親と手を繋ぎ自分の部屋に入る。
父親の目の前で私服に着替えた。
制服姿を見ても父親は何も言わなかった。
いつの間に制服姿にも異議を唱えなくなったのか。

着替えを終え通帳を取り出した。
散歩に行こう。
声を掛ければ喜んで付いて来た。
手を繋いで銀行に向かう。
ATMで残高を照会して息を呑んだ。

三百万は残っていた筈の講座。
十万と示された残金。
何かの間違いであればいいと思った。





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あきゅろす。
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