小説という名の日記B(栞機能無し)
29
手当てを終え、動かないでと再び念を押す。
柚季が服を箪笥に突っ込み掃除機で破片を吸い取る間、裕隆はその様をぼんやりと目で追っていた。
何故散らかってるのか、誰が散らかしたのか、何の疑問も抱かない。
ただ他人事のように眺めていた。
「終わった?」
壊れた目覚まし時計と割れた鏡を捨て戻ってきた柚季に、当然のようにその問いは投げ掛けられた。
にこり微笑んで頷けば身体を引き寄せられ、ベッドに二人で倒れ込む。
肌を弄る無邪気な指が、破片で傷付いた痛みを忘れていた。
裕隆を最奥に受け入れながら、部屋の惨状が脳裏に浮かんだ。
初めての惨状。
散らかされた倖乃の部屋。
昨日の行動もこの部屋も、今までになかったこと。
一気に不安定になった父親。
こうしている時とその差が激しい。
無心に父親が倖乃に愛を囁く。
柚季の頬に残る自分の血液に何の違和感も抱かない。
倖乃、何考えてる。
気持ち良くないのか?
現実に引き寄せられた。
覗き込む剣呑な眼差しに緩く首を振って、愛してると囁けば、気を良くした父親が再び律動を開始した。
明日は休もう。
前期の夏期講習最後の日、陽一に謝りたかったけれど、どうやらそれは無理らしい。
暫く父親を一人にしておけない。
激しく揺さぶられながら思い出したのは、心配そうに柚季を見詰める親友の眼差しだった。
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