小説という名の日記B(栞機能無し)
27
電車の中でも柚季は黙っていた。
陽一の視線を感じながら、目を合わさなかった。
「柚季、お前・・・」
不意の声掛けにも顔を背けたまま、何?と答えた。
父親の事なら話す気はない。
何を言われようと絶対に言う気はない。
だが陽一の口から出たのは、別の言葉だった。
「その首、何があった?」
その言葉を聞いた瞬間、はっと思い出した。
首元に払っていた注意。
襟が寝そべりはっきりと見える痣。
あの女の所為ですっかり忘れていた。
あれほど気を付けていたのに、あの女の所為で首を見られた。
益々あの女が許せなくなった。
だがどうせもう二度と会うこともない。
散々ぶちまけて今頃は勝手にすっきりしてるだろう。
それよりも問題は陽一だった。
ずっと見詰めてくる視線が痛い。
それでも本当の事を言う訳にはいかなかった。
「ネクタイを締める練習をしてたらこうなった」
誰が聞いても明らかな嘘。
巫山戯ているとしか思えない答え。
笑顔も見せずに突き放した。
「ほら、着いたよ」
ホームに陽一を押しやる。
直ぐに背を向けて、混雑する車内を掻き分け隣の車両に移動した。
その次が降りる駅だったが、今は陽一から姿を隠す方が先決だった。
駅が近付き、人混みを掻き分ける。
何とか出口まで辿り着き電車を降りた。
家までの道程で頭が冷えた。
冷静になった途端、陽一に取った態度を甚く反省した。
どうして笑顔で誤魔化せなかったんだろう。
あの女の話の時も、首の痣も、どうして笑って対応出来なかったんだろう。
あんな冷たい態度を取るんじゃなかった。
せっかく心配してくれたのに、あんな突き放すような言い方をしなければよかった。
柚季の所為で気まずい雰囲気になった。
明日謝ろう。
謝って許して貰おう。
陽一が居なければ学校も行く意味がない。
陽一が居るから今まで穏やかに息が出来ていた。
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