小説という名の日記B(栞機能無し)
22
「父さん?」
近寄っても振り向かない父親に、そっと声を掛ける。
灰色の画面が鏡となって父親の顔を映し出していた。
表情のない顔。
何も見てない瞳。
生きているのか不安になるほど感情が抜け落ちている。
柚季の居ない間に何かあったのだろうか。
いつもなら母親の名前を呼びながら抱き締めてくる。
それも良いことではないが、この状態の方が不安に駆られた。
再度声を掛けても柚季を見ない。
息をしているのに意識が何処か遠くへ行っている。
不安はいきなり恐怖になった。
「父さん」
肩を掴み父親の身体を柚季に向けようとした。
その瞬間柚季の視界が反転した。
ソファーの上に倒れ込んだ身体。
馬乗りになった裕隆に首を絞められている。
両手の強い力。
苦痛に歪む柚季の顔を昏い瞳がじっと見ていた。
息が出来ない。
声が出ない。
父さん、止めて。
何があったの。
何でこんなことしてんの。
首を絞めてくる両腕を掴む。
苦しいと思ったのは、酸素が足りている間だけだった。
頭が痺れてきた。
感覚が麻痺していった。
意識が遠退いていった。
倖乃、裏切ったのか。
こんなに愛してるのに俺を裏切ったのか。
遠くで父親の声が聞こえた気がした。
柚季が気が付いた時、部屋の中は真っ暗だった。
圧迫された喉が痛い。
ソファーの上でゴホゴホと咳き込んだ。
生きていたという安堵感は何処にもなかった。
喉の痛みもどうでもいい。
裕隆が居ない。
立ち上がった途端に身体がぐらつき膝をついたが、構っていられなかった。
暗闇の中、擦りむいた膝も構わず倖乃の部屋に走る。
扉を開け電気をつけて、安堵感に泣きたくなった。
床に座り込む父親の前に跪いた。
父さん?とそっと声を掛け、その顔を覗き込む。
倖乃。呟かれた言葉と柚季を捉えた視線に、心から安堵した。
ご飯何食べる?
微笑んで問えば、カレーと甘えた声が返ってきた。
ユキのカレーは美味いからな。
そう言って抱き締めてくるのは何時もの父親で、柚季は笑ってそれに頷いた。
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