小説という名の日記B(栞機能無し)
20
陽一は柚季の言葉を黙って聞いていた。
今まで気付かなかっただけだった。
気付けなかっただけだった。
母親が心中した時だって何も言わなかった。
あの頃は陽一も子供だったから、柚季の表面をそのまま受け取っていた。
だけど母親が心中したのだ。
表面通りな筈がなかった。
息抜きという単語は本音が漏れたんだろう。
漏らした当人も指摘されるまで気付いてなかった。
「何かあったら吐き出せよ。聞くくらいなら俺も出来るし。今までもこれからも親友なんだからな」
陽一が穏やかな声音で告げる。
柚季が何も喋らないのに、これ以上問い詰めても負担になるだけだ。
だったら息抜きになればいい。
何の息抜きだかは分からない。
それでも陽一の存在が息抜きになるのなら、幾らでも傍で息を抜けばいい。
親友だと自負している。
柚季も陽一を親友だと思ってくれている。
ならば急ぐ必要はない。
長年掛けて築いてきた信頼関係を、これからもっと築いていけばいい。
ありがとうとはにかむ柚季の額を指で弾く。
「いっ、デコピン禁止」
額を押さえて睨んできた。
「仕方ないだろ。丁度いい位置にあるんだから」
「あるわけないし。俺より少しだけ高いからって自慢?」
「俺の身長はまだまだ伸びるんだよ」
「俺だって成長期」
いつものような他愛もない会話。
きっとそれも柚季の息抜きになる。
電車の中でも下らない会話を止めなかった。
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