小説という名の日記B(栞機能無し)
8
目覚ましが鳴る。それが五月蠅くてもぞもぞと動けば、ぎゅっと腕が絡んできた。
何とか手を伸ばし、ジリジリ鳴り響く音を止める。
ユキ、おはよう。
頭の上から聞こえてきた声に、おはようと返した。
厚い胸板に押し付けられ声がくぐもる。
昨夜遅くまで喘がされ、喉が嗄れていた。
全身が怠くて絡む腕を外せなかった。
「こら、じっとしてなさい」
それでも抜け出そうと身動ぐ柚季に、甘い声が降ってくる。
これに逆らえばどうなるかは身を以て知っていた。
「トイレ・・・」
「身体がきついだろ?連れてってあげるよ」
言うや否や横抱きにされ、慌てて両腕を背中に回した。
この分だと遅刻は免れない。
下手をすれば休みにもなりかねない。
振動が鈍く身体に響く。
亡き妻の部屋で二人は夜を過ごした。
その結果が全身の怠さとキスマーク。
身体全体に散らばったそれは、一晩掛けて裕隆が倖乃を愛した証だった。
時の止まった裕隆の世界。
自分は今その世界の何処に居るのだろう。
まだ倖乃の胎内にも宿ってない。
倖乃と結婚する前の幸せな世界から裕隆は動かない。
柚季を抱き抱えながら裕隆が小さく欠伸をする。
身体が限界を迎えた柚季はそのまま寝たけれど、裕隆はそれからも起きていたのだろう。
それでも抱き抱える腕と足取りにふらつきはなかった。
トイレの前でゆっくりと下ろされた。
足に力が入らずよろければ、慌てて裕隆が支えてきた。
ありがとうと微笑んで見上げれば、にこりと微笑み返された。
「父さん、まだ眠いでしょ?ゆっくり寝てていいよ。長くかかるから先に戻ってて」
子供に言い聞かすようにゆっくりと話し掛けた。
一人で大丈夫か?
もう大丈夫。
その遣り取りを何度も繰り返す。
それでも裕隆が心配げに見詰めてきた。
柚季は父親の顔を引き寄せて、頬にキスをする。
その間も身体が悲鳴をあげていた。
けれどもこれで父親が安心してくれるなら。
不調をおくびにも出さず微笑を浮かべると、釣られて裕隆も微笑んだ。
「じゃあ俺、トイレ入るから」
返事を待たずに扉を閉めた。
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