小説という名の日記B(栞機能無し)
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漸く辿り着いた。
彼と二人で此処を目指した。
長い道程だった。
明らかに足手纏いの僕を、彼は厭いもせずに此処まで連れてきてくれた。
海が見たいと呟いたその一言を、彼は本気で聞き届けてくれた。
初めて見た海。
カモメの声と潮の香り。
きらきら光る水面。
初めて見た海はとても綺麗だった。
水平線の向こう。
見えない世界。
ただ青に包まれて、波の音が聞こえる。
穏やかな時間。
穏やかな流れ。
海を見れば何かが変わると期待していた。
だけど。
もしも僕が明日いなくなっても、世界は一つも変わらない。
何でだろうね、世界はこんなに広いのに温もりを感じないんだ。
彼に背を預け呟いた。
僕の呟きは大気に溶けた。
不意に後ろから彼が抱き締めてきた。
動く気力のない僕を抱き締めてきた。
僕の耳に彼の声が届く。
小さな呟き。
だけど芯の通った音色。
その音色に込められた願い。
変わるよ。
少なくとも俺の世界は変わる。
胸にじんわりと染みてくる。
彼の温もりが伝わってくる。
温もりを感じた。
僕に世界をくれた。
海を見にきてよかった。
それをきっと何度も蹲った僕に伝えようとしていた。
だから彼は処まで連れてきてくれた。
彼に背を預け呟く。
君の温もりを感じるんだ。
君の世界が変わるなら、僕はその温もりに応えたい。
彼の腕が強く僕を抱き締める。
ありがとう。
それは僕の言いたかった言葉。
彼に先を越されてしまった。
だからありがとうの代わりに、思いを込めて彼の腕を握り締めた。
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