小説という名の日記B(栞機能無し)
9
情に訴えてみても変わらない。
頑なに身体が溶けると信じ込んでいる。
溶ける訳がないだろ。
思わずそう口から出そうになる。
症状が少しも回復に向かわない。
何で分からないんだと言いたくなる。
焦らずいこうと思っていたのに、こうも変化がないと不満は募る。
その反動で晴れた日には、しつこいほど映希を抱くようにもなった。
無意識に俺の愛を身体に教え込もうとしていたのかもしれない。
いい加減現実を見ろ。
俺が居るじゃないか。
同じ人間の同じ身体だって分かるだろ。
いい加減訳の分からない妄想はやめろ。
言葉には出さなかったけれど、身体に訴えていた。
雨の日に家に行くと、相変わらず風呂の用意をしてある。
構わず近付いて抱き締めようとしたら、指先が触れる事もなくするりと躱された。
「何で駄目なんだよ」
「だって逸成、濡れてるから。風呂用意してあるから入ってきてよ」
「濡れてるったって少しじゃないか。これくらいいいだろ?」
「駄目だよ、そこに触ったら俺、溶けちゃうから」
溶ける訳がないだろ。
つい妄想を否定してしまいそうになる。
否定はせずその人の世界を受け入れる。
その度に本で読んだ言葉を思い出し、気を静める。
このまま無理矢理抱き締めても、映希はきっと抵抗する。
だから俺の方が一歩退いて対応しなければならない。
けれども全く変化がないと、気持ちが鬱積していく。
さり気なく病院を勧めた事もあった。
病気だと突きつけるのはショックだろうから、なるべくさり気なく勧めた。
「映希は親の事を思い出すと苦しくなる?」
「苦しくなる時もあるかな。だけど父さんが迎えに来てくれるって約束してくれたから」
「じゃあさ、苦しくなるのをちょっと相談しに行ったら?」
「相談?誰に?」
「メンタルクリニックみたいなさ、こう・・・、悩みを聞いてくれるとこ」
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!