小説という名の日記B(栞機能無し)
4
映希は俺の腕の中でじっとしていた。
大人しく抱き締められていた。
無理ならそれでいい。
まだ過去が辛いなら少しずつでいい。
少しずつでいいから過去を乗り越えていってほしい。
思いを込めて背中を優しく摩る。
「信じてくれる?」
不意に腕の中から小さな声が聞こえてきた。
「ねぇ、逸成。俺の言うことを信じてくれる?」
再び聞こえてきた声。
今度ははっきりと俺に問い掛けている。
話してくれるつもりだ。
映希が抱えていたものを漸く俺に見せてくれるんだ。
それは完全に俺を信じてくれている証拠のような気がした。
俺と一緒に過去を乗り越えていこうとする意思に思えた。
だから俺は映希の瞳をしっかりと見詰めて頷いた。
「勿論、映希の話を信じるよ」
映希の肩から一瞬力が抜ける。
映希の話を信じる。
その言葉に束の間安堵したようだった。
「とりあえず座ろうか」
腕の中の存在が俺から視線を外す。
今から話してくれるのだろう。
それはきっと立ち話では話せないようなこと。
どんな話でも受け止めてやりたい。
それが映希の心に巣くうものであるなら、それを取り除いてやりたい。
映希の肩を抱き寄せ、俺達はソファーへと移った。
「俺が話し終わるまで聞いててくれる?質問は俺が話し終わってからしてほしい」
だってとても信じられるような話じゃないから。
こんなところに時々違和感を感じる。
信じられるような話じゃないからと言っているのに、自分では信じている。
誰がどう考えても人間の身体が水に溶ける筈がないのに、溶けると信じ込んでいる。
他でもそうだ。
勉強も出来るし、会話も普通にしている。
なのに、水に溶けるというのだけは頑なに譲らない。
そこがどうも不思議でならない。
今まで映希の妄想を否定してこなかったのもまずかったのだろうか。
だが否定せずにその人の世界を受け止めてやれなんて言葉を、何かの本で読んだことがある。
だから何故映希が水に濡れて溶けると気付いたかという話も、否定せずに聞くつもりでいる。
俺が頷くと、映希がゆっくりと話し始めた。
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