小説という名の日記B(栞機能無し)
39
湖南が一人で物思いに耽っていると、誰かが部屋をノックした。
この時間帯、部屋を訪れるのは聖那くらいしかいない。
けれども聖那は森に行っている筈で、だとすれば可能性として晴翔しかいなかった。
仕事中にどうしたんだろうと疑問に思いながら扉を開けた。
「話があるんだが」
声の主、目の前に立っていた人物に吃驚した。
身体が緊張するのが自分自身で分かった。
「そちらに行きます」
何とか裕進に答えを返した。
リビングで裕進が腰掛けた椅子の前に湖南は座った。
二人だけで面と向かい合うのは、あの飛び出した日以来だった。
妙に緊張した。
研究所を二人でやっていけるほどの天才。自分の血はこの人と繋がっている。
そして目の前のこの人は湖南と血が繋がっていることを知らない。
裕進は自分の遺伝子を受け継ぐ者が在る事を知らない。
けれども話があると言った。
湖南への話。裕進からの話。
話す事なんてあっただろうか。
今までまともな会話の一つもなかったのに、何か話す事があっただろうか。
もしもあるとすれば。
たった一つの可能性。
だけどそんな筈はない。
裕進が気付いたとは思えない。
けれども裕進からの話。話すとすれば、もしかして。
まさかそんな筈はない。
複雑な胸中と裕進の厳しい表情が、湖南を益々緊張させた。
「話って・・・?」
声が震えたのは緊張からか。もしかするとほんの一縷の期待からか。
いや、期待はすまい。
裕進の顔を見れずにいた。
「聖那が晴翔に恋をしているのを知っているか?」
問い掛けているというのに断定していた。
聖那の態度を見れば一目瞭然の事で、当然湖南もそれを知っていると疑わない口調だった。
ああ、そういうことか。
知らずに唇を噛み締めていた。
何故もしかしたらなんて思えたのだろう。
何も期待していなかった筈なのに、何故期待してしまったんだろう。
内心で自分自身を嘲笑った。
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