小説という名の日記B(栞機能無し)
11
「お父さん、今日ね、湖南と森を散歩したんだ」
「そうか、楽しかったかい?」
「うん、歩きながら話すのって楽しいよ」
「それは良かったな。けど話に夢中になりすぎて、余り遠くに行くんじゃないぞ」
「大丈夫だよ、僕、迷子になった事ないでしょ」
裕進と聖那が会話するのをぼんやりと眺めていた。
聖那の髪は柔らかいのだろうか。
裕進が頭を撫でている。
言葉数は少なくても、態度から可愛がっているのが伝わってくる。
裕進の子供は聖那でしかない。
「湖南、何か飲まないか?」
夕食後の席、親子の姿を眺めていた湖南に晴翔が話し掛けてきた。
「ん、そうだね」
「何がいい?何でも作ってみせるよ」
作るのは機械だけどね。
控え目な冗談が何故だか嫌ではない。
何でも作ってみせる。
その言葉に、ふと小さな頃に飲んでいた物が浮かんできた。
だがそれを作ってくれる人はもう居ない。
「ホットミルク。・・・蜂蜜入り」
了解、と気軽に晴翔が請け負った。
甘さは?と問われ、程々に、と答える。それにもまた、了解と気軽な答えが返ってきた。
「どうかな」
晴翔が機械で作ったホットミルクは何だか懐かしい味がした。
小さな頃の記憶でしかない飲み物。
母さんがよく作ってくれたホットミルク。
病で亡くなった母さんを、ママと呼んでいた小さな頃。
湖南も成長して記憶の中の母親を母さんと呼ぶようになった。
誰かを好きになるという辛さを教えてくれた人だった。
誰かを愛するという苦しさを教えてくれた人だった。
報われなくても私はあの人を愛してた。
最期の譫言は後悔だろうか。その後は聞き取れなかったけれど、それは幼い記憶に焼き付いた。
「湖南」
名前を呼ばれ晴翔を見た。
心配げに見つめられていると感じるのは気の所為だろうか。
「何?」
「だから味はどうかなって」
自分の思考に耽っていて、返事をするのを忘れていた。
あぁそう言えば聞かれたんだっけ。
心配そうな眼差しに、美味しいよと本音を告げた。
晴翔の安心したような顔が目に映った。
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