小説という名の日記A(栞機能無し)
3
「具合が悪いように見えるのか?」
喋り方にも微かな違和感を感じる。
湧斗は感情が豊かだ。
こんなに静かな話し方をするのは珍しい。
「いや、至って健康に見えるが」
「そうか」
いつもなら続く筈の会話。
あっさりと一言で打ち切られた。
そのまま会話もなく一緒に歩いていく。
いつもの煩さがなくていい。
若しこの静けさが、湧斗が悩みを抱えている所為だとしても気にはならない。
なんやかんやと話しかけられるよりマシだ。
だが俺は湧斗が俺に向けてくる感情に気づいている。
その感情の名も知っている。
そしてそれを俺はあっさりと切り捨ててしまえる。
だからこそ客観的にこの状況に対し、あれこれ考えることが出来る。
詰まり若し悩んでいたとしても、湧斗は俺に何らかのアクションを起こす。
俺の気を惹こうとする。
だが今の湧斗にはそれがない。
俺に関心を持ってないという風に、ただ学校へと向かっている。
「原野詠嗣」
俺の存在に見向きもせず歩いていた湧斗が、いきなり振り返った。
しかもフルネームで呼ばれたとあれば、些か俺も吃驚する。
「湧斗?」
「何だ?」
「お前どうした?」
凡そ湧斗では有り得ない言動に、訝しくなった。
だが湧斗は自分の言動に何の疑問も抱いてないらしい。
「どうしたとは?」
逆に質問で返される。
「お前、いつもは俺のこと詠嗣って呼ぶだろ?」
「そうか・・・。では詠嗣」
湧斗らしからぬ言動。
湧斗らしからぬ喋り方。
幾ら国語が他の教科よりマシだとは言え、会話で「では」など使う奴だっただろうか。
訝しげな俺を余所に、何とも不思議な質問をしてきた。
「この肉体はこの肉体のことを何と呼ぶ?」
これは湧斗流のジョークなのだろうか。
ならば俺も話を合わせた方がいいだろう。
「この肉体って言うのが湧斗の体を指すなら、湧斗は自分のことを俺って言ってるが」
答えは合っていたらしい。
「そうか」と納得し、話は終わったとばかりに歩き出した。
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