小説という名の日記A(栞機能無し)
11
玄関に知らない靴が一足あった。
男性用の靴。
家の奥からは楽しそうなキヨさんの笑い声。
男の人の声もする。
「ただいま」
居間に顔を出すと、キヨさんと弁護士さんが居た。
「おかえり」
「おかえりなさい」
キヨさんがにこやかに挨拶を返してくる。
弁護士さんも振り返り声を掛けてくる。
「暖弥君、今ちょうど君の事を話していたんだよ。勉強も大事だと思うけど、田辺さんもお年だからね。暖弥君もなるべく手伝いをしてあげてください」
大体の会話が想像できる。
料理も洗濯も掃除も、この歳でもまだまだ私はしてますよ。
暖弥は学生だし、家事は私の仕事ですからね。
大方こんなところだろう。
掃除も洗濯も僕がしている。
料理だって僕が作っている。
時々作るキヨさんの料理は、とても食べられる代物じゃない。
第一、キヨさんの作ったものをキヨさん自身は食べない。
「まぁまぁ、暖弥もそのうち孝行してくれますよ」
にこやかに僕を庇うキヨさんは、少しもおかしさを感じさせない。
トイレ以外で排便や排尿をするのに。
いきなりやってきて部屋の扉を叩くのに。
僕を母さんと思い込んだりするのに。
服だって破ったりするわ、それを僕の所為にするわ、全部全部、僕が後始末をするのに。
今はそんなこと微塵も感じさせない。
だから今も弁護士さんはキヨさんを褒め称える。
「いやぁ、幾つになられても健康で羨ましい。私も田辺さんみたいにいつまでも若く居たいもんですな」
弁護士さんをこっそり引き止め、キヨさんの奇行を話した時もそうだった。
「暖弥君、田辺さんに怒られたのか知らないけど、そんな事は言うもんじゃない」
「彼女はまだまだしっかりしてるじゃないか。君を育ててくれている人の事を、そんな風に言ってはいけない」
弁護士さんは僕を問題児だと思っている。
もう二度とこの人に訴えることはない。
「それじゃあ宿題がありますから」
嫌みなくらいにっこりと笑って、僕はその場を辞した。
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