それは所謂ナイモノネダリ
『…山本って,格好良いよね』
いつもの帰り道,ツナがポツリと呟いた。
いきなりの事に,え,と聞き返せば 同じ事。
『格好良いよ,山本は』
ガードレールによし掛かり,何処か遠い所を見つめるツナは寂しげだった。
『なんでも出来て,女の子にもモテモテでさ。それに比べ俺なんて…ね』
ハハ,と自嘲するように笑う目の前の人間。なんか見ていられなくなって,言葉を探す。…が,出てこない。
『マフィアのボスとか,ファミリーとか。10年後なんてまだまだ先なのに,皆強要する。リング争奪戦だって,本当は嫌だった。皆が傷付くのなんて,見たくないのに』
強弱も付けずに淡々と喋るその姿は,クローンを思わせる。
『守りたいのに,守れない。それは,俺が弱いから。でも だからと言って,強くなりたいとは思わない。むしろ,強さなんて欲しくない』
そう話すツナの微笑みは,引きつっていた。あぁ,コイツは…
『だから山本が羨ましいんだ。やれば出来るし,気持ちが強さになって…『ないものねだり,だろ?』…え?』
ふいに,微笑みが途切れる。たぶん,俺が口を出すとは思っていなかったのだろう。
『そーゆーのは"ないものねだり"っつーんだぜ』
『……』
言って,ツナの頭をぐしゃっと撫でる。夕日で染まったススキ色は,見た目なんかよりずっと柔らかかった。
『今の自分にはない,他の物に憧れるのは当たり前なんだ。俺からしてみりゃツナだって十分格好良いぜ?』
『へっ!?』
夕日に負けず劣らず染まる頬に,思わず笑みが零れる。
『ツナだって,やれば出来んじゃねぇか。守れないとか言ってっけど,しっかり守れてる』
ドス,と大きく音を立てて鞄を置いて,ガードレールに腰掛ける。
『自分に厳しすぎるんだぜ?』
―もっと,甘くなれよ。
瞳を真っ直ぐ見て言うと,ツナの目が若干泳いだ。
『甘く…なんて…』
『甘くなれ。じゃねぇと,ツナに憧れてる人の立場はどうなる?』
『お,俺に憧れてる人なんて…いる訳…ないだ,ろ』
自信がないのかなんなのか,語尾が小さくなっていく。言ってる事は大して変わってない筈なのに,さっきより嬉しそうだったのは…俺の錯覚か。
『いるだろ?獄寺とか…ほら,いろいろ』
『獄寺くんは…』
ちょっと違うよ,と呟きながら,50メートルくらい先の駄菓子屋に目を移す。昭和の雰囲気が未だに漂うソコからは,アイスを両手いっぱいに抱えた獄寺が出てきた。
『違くねーって。アイツだって,ツナに憧れてついて来たんだ』
『…うーん…』
アイツ程の忠犬もなかなかいないんじゃないか,と考えながら,満面の笑みで走ってくる獄寺を見遣る。
『それに…『じゅーだいめー!!遅くなって申し訳御座いません!!』
『いいよ別に…って,そんなに買って来たの!?』
『はい!店にあったのを買い占めて来ました!!』
何も買い占める必要はないだろうと思いつつも,その袋へと手を伸ばす。
『あっテメェ野球バカ!これは十代目の…』
『ケチなのな獄寺,1個くらいいいじゃねーかー』
『よくねぇ!!』
『まぁまぁ獄寺くん。俺そんなに食べれないしさ,皆で食べよう?』
『じゅ,十代目がそう仰るのなら!』
『…忠犬なのな』
『何か言ったか野球バカ!!』
『ちょ,2人共!』
獄寺が戻ってきた事により,一気に賑やかになる。
『あれ…そういえば山本,何か言いかけなかった?』
3人でガードレールに座りながら,それぞれ好みのアイスを食べていると…ツナが思い出したようにこっちを向いた。
『あー…なんだっけな』
『あはは,よくあるよね,ソレ。思い出したら言って?』
『んー』
ツナと獄寺が会話し始めたのを横目に,物思いに耽る。
―本当は,忘れてなんかいない。
(俺だって,憧れてんだぜ)
ダメツナなんて呼ばれてるけど。
自分はダメなんて言ってるけど。
本当は誰よりも優しくて,誰より強いんだ。
棒だけになったアイスを口にくわえたまま立ち上がる。ツナと獄寺は いきなり何事か,という目で見てたけど,気付かないフリをした。
『大人んなっても,こーしてられるといーよな』
夕日に向かって呟き,ニコッと笑って隣を見ると,きょとんとした表情の2人。数秒経ってようやく意味を理解したのか,ツナが口を開いた。
『うん…そうだね』
『また…この夕日を見たいっスね』
続いて獄寺も口を開く。3人で一緒に夕日を見て,それから笑った。
それは所謂無い物ねだり
(さーって,坂の下まで競争すっか)
(えぇ!?)
(何言ってんだ野球バカ!?)
(なんか走りたくなったんだよっ…っと,じゃあお先!)
(ちょ,山本ずる…っ)
(十代目!?)
(行くよ獄寺くん!競争だからね!?)
(ちょ…っ待ってください!!)
END
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