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恋詩華曲BN
Who are you?(吉羅×天羽)


学院を危機から救った者は、表立って活躍した演奏者である彼等の他にも居た。
裏でただ、誰に言われるでもなく、ひたすら走り回っていた者が。
彼女も就任パーティーに招待すべきだと思ったが、出来なかった。
理由は、実に単純なもので。

名前が、分からない。

思い浮かぶのは、風になびく金色の髪。
勝気そうな、揺るぎのない真っ直ぐな瞳。
心にまで響くような、よく通った声。

其処まで分かっていて、やはり名はさっぱり浮かばない。

さて。どうしたものか。
パーティーには招待出来なかったので、労いの意も込めて、食事にでも誘おうかと考えたが、名が分からないと呼び止めようも招待のしようもない。
君、等と話し掛けても、彼女は気にも掛けずにそのまま走り去ってしまいそうだ。彼女のような真っ直ぐな人間には、明確な呼び名で話し掛けなければ、恐らく通じない。

そんなことを考えながら、学園内を彷徨いていると、偶然にも、日野君と彼女が居た。

「菜美」

日野君が、彼女をそう呼ぶ声が聞こえた。
成る程。彼女はなみというのか。だが、どんな字で書くのかは分からない。やはり、呼び止めて誘うべきか。

彼女達は、他愛のない談笑でもしているようだ。
その話が終わる頃合いを見計らって、声を掛ける。

「なみ君」

声を掛けると同時に、日野君が固まった。
なみと呼ばれた彼女も、目を白黒させている。

はて。
私は何か可笑しなことを言っただろうか?

「君にはいろいろと世話になったからね。これから食事でもどうかね?なんなら、日野君も…」

「私はお邪魔ですよね?そうですよね。ならば私は去ります」

言い終わる前に、日野君は脱兎の如く走り去る。いつもの彼女なら、喜んで付いて来るのだが。
お邪魔とは何のことだろうか?

「あの、吉羅理事」

「何だね?」

彼女は少し考える素振りをした後で、彼女にしては珍しく、おずおずと口を開いた。

「…気の所為だったら良いんですが。さっき菜美君って言ってらっしゃったような」

「そういう名なのだろう?」

それを聞いた瞬間、彼女は納得したように、あぁーそういうことかー、等と言いながら頷いたかと思えば、誤解がどうのと呟いていた。
小時間後、一つ溜め息を漏らして、彼女は苦笑しながら、こう言った。

「吉羅理事、勘違いしてますね。さっき香穂子が読んだのは、名字じゃなくて名前の方ですよ?」

…あぁ、成る程。理解した。
私の勘違いの所為で、日野君は善からぬ勘違いをしてしまったということか。
後日、弁明すべきだろう。

「すまなかったね。妙な勘違いをしていたようだ。今後、こんなことがないよう、名を教えて貰えるだろうか?」

聞いたところで、忘れる可能性はあるし、もう呼び止めることもないかもしれない。
それでも名を尋ねたのは、社交辞令に過ぎない。

「改めまして、天羽菜美です。今後、いろいろとお世話になる予定なので、よろしくお願いします」

そう言って、彼女は不敵に笑う。
私は、無意識に彼女の名を頭に刻み込んだ。

「では、行こうか。天羽君」

「やっと覚えてくれましたか。ようやく認められた気がしますよ。全く」

そう言って、彼女は困ったように微笑った。
その笑みは先程のものよりもとても印象的なもの。
恐らく私は、今後彼女の名を忘れることはないだろう。







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