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そしてそれを恋と識る。


遅かりし認識は、胸の中に痛みすら生んで。
きゅう、と喉を締め付ける。ああ、息が上手く出来ない。
好き、なんだと気付いてコトバを反芻したら。ざわざわ、夏の風が木々を鳴らす。
目を開けた瞬間に世界が一気に変わって見えた。















神南の人に誘われて、神戸に向かう予定を大分前からみんなで組んで居た。
夏休み中、天音は寮に来る事もなかったし、交流がなかったから、招待されたのは至誠館と星奏だけ。出来れば、彼奴も呼べたら良かったのだけど。
天音と神南はそれ程面識がなさそうだったし、冥加とかいうあの訳の解らないひとが居ないと宗介は来ないかもしれない。
そんな彼奴にもお土産だけは買って来よう。こっちにはない、珍しいものとか。どうせなら消費しないものの方がずっと残って良い。
流れるように景色が過去って、数時間。
あっという間に神戸駅に辿り着く。新幹線ってものは便利だ。こんなにも早く別の土地に誘ってくれるんだから。
神南の東金さんが迎えを寄越すと言っていたけど、未だ着いてはいないらしい。辺りを見回してもそれらしき姿はない。
どうしようかと口を開き掛けて、直ぐ。周囲が騒がしくなって、人々がある一定の方向を目指して歩き出す。『路上ライブ』と聴いて、思い付くのは派手で人を惹き付ける事が得意な彼等だ。
そこに行けば、神南の人に会えるんじゃないか、と言ったのは部長だった。小日向先輩は少し首を傾げる。その時、違う気がすると言ったのは彼女だけ。
近付くにつれて音が大きくなる。繊細だけどやたら響くピアノと、鮮烈なヴァイオリン。華やかさの増した、チェロ。
これは神南では、ない。気が付いたのは目の前に姿を確認してからだった。それまで一度だって、天音の演奏だと見抜けなかった。


「そ、宗介!?」


初めてだ。僕が、宗介の音に気付けなかったのは。
華やかでやさしい音を奏でていたのを誰より知っていた。天音に入って音を見失って、消極的な小さい音になっていて。そんな幼馴染みの姿を見て居られなくて背中を叩いてやった事もある。
宗介の音を、チェロを一番知っているのは付き合いの長い僕と、相棒のチェロだ。
そう、思っていた。

いつの間に、彼は成長していたのだろう。ファイナルの時よりも、尚力強い演奏をするようになっている。瞳に、迷いが消えているのだ。
あの頃より、もっと。チェロが伸びやかに唄っている。

彼の成長が嬉しい反面、何処か、隙間風がやって来るような、ずっと大事にしていたものを持って行かれて終ったような。寂しさにも似た何かが、突き刺す。


「あ、冥加部長…待ってください!」


声を掛けようと思っていたのに、宗介はサッサと背中を向ける冥加を追い掛けて走って行って終った。


「あ……」


聞きたい事があった。話したい事だって。
あんな説明じゃ何で此所に居るのかくらいしか解らなかったし、もう少し話が出来ると思ったのに。
伸ばし掛けた手は、届かない。虚しく空を切って行き着く場所を失ったまま、その場を彷徨う。


「あーあ、ハルちゃん、フラれちゃったね〜」
「煩い!」
「いた、痛いよ、ぶたないでよー!」


悔しいのか、心苦しいのか、解らない。
冥加を憎むのは違う気がするし、天音で頑張っている宗介を応援してやりたい気持ちはあるんだ。だけど、もやもやした霧が胸の中に掛かったまま、晴れてくれそうにない。


「オレ、てっきり宗介はこっちに来ると思ってたよ。そんなに冥加さんから離れられないのかなー?」
「新、お前…あんまり変な事ばっかり言うと本気で怒るぞ」
「うわわ、暴力反対!オレ嘘言ってないよ?!ていうかハルちゃん既に怒ってるし!」


ああ、何てひどい焦躁感。ふざけた新の言葉にも、宗介の音の変化を素直に受け入れられない自分自身にも。

僕だって、思っていた。自由に行動出来るんだから、新も僕も居る、こっちを選ぶんじゃないかって。
現に天宮さんは異人館に向かって行ったし、ただ単に宗介はあの部長に振り回されているだけじゃないのかとも思った。しかしそれを喜んで聞き入れているから理解出来ないのだ。


「ね、ね、ハルちゃんさ、宗介のコト、好きでしょ?」
「お前はさっきからふざけた事を…」
「もう、怒んないでよー。さっきからハルちゃん溜め息ばっかり吐いてるじゃん、宗介の話したら怒るし」
「別に、僕は怒ってないし、宗介の事なんて、考えてない」
「じゃあハルちゃん宗介の事、嫌い?」
「何だその二択は!友達なんだから、嫌いな訳ないだろ」
「友達が楽しそうにしてたら嬉しい筈だよね。でもハルちゃん、すっごく寂しそうだから」


虚を突くような、言葉だった。確信に満ちた、新の科白はぐるぐると蔓延っていたものの原因を確実に攻めて来る。


「それってさ、恋してるんじゃないかな」
「こ、こ、恋、何て、そんな訳ないだろ!何考えてるんだお前は」
「だって、ハルちゃん、そんな顔してるよ?」


どんな顔をしたらそんな風に見えるって言うんだ。新は眼がオカシイんじゃないか。いっそ眼鏡掛けろ。瓶底みたいな奴。
そんな訳、ないじゃないか。大体彼奴は男で、僕も男だし。
恋何て、そんな筈ない。
小学校から一緒で、同じチェロを習って来て、高校も星奏に来るんだって勝手に思っていた。

天音に入学してから、どんどん離れて行くみたいで、寂しいのは、事実だけれど。


「ハル、新!」


それぞれのスポットを見学した後、合流した宗介はやっぱり楽しそうに笑っていて、ずく、と何処かが痛み出す。


「ほら、ハルちゃん、行っといでよ」
「って、背中押すな…!」


冥加部長が、で始まるその言葉を止める術を僕は知らないから無理矢理耳を傾けるフリをした。宗介の冥加話を腐る程聴いてそしたらその後、どうすれば、いいんだ。


「でも、オレ、ハルとこうやって話してるのも、やっぱり好きだな」
「も、って、何だ…」
「今は、天音で弾ける事が、オレ、すごく幸せなんだ。だから」


そうやって微笑む宗介からは大会前のおどおどして自信を喪失していた姿は見受けられない。
きっとこれは良い事なんだろう。そう、なんだけども、二の次にされるのがこんなに気分が悪いとは知らなかった。


「ハル?どうか、したのか?具合でも悪いとか」
「え、あ、いや、そうじゃない、そうじゃ、なくて」


歯切れの悪い話し方に自分でも苛々して終う。そんな僕と違って、宗介は随分顔色が良かった。
ああ、もう、どうしたら良いんだ。新が変な事を言うから余計に、意識して終うじゃないか。今まで、思った事も、なかったのに。


「ハル、何か、顔赤い…?ああ、でも暗くて良く解らないや」
「っ、宗介、」
「やっぱり、熱いな。ハルでも遊び疲れるんだ」


急に近寄って来た宗介を押し返す訳にも行かず、されるがまま。こつん、と宗介の額が重なる。そう言えば小学生の時、風邪を引いて同じようにした事があった。あの時は、こんな気分にならなかった筈だ。
それなのに、どうして、今は。


「早めに休んで体調万全にして、明日は一緒に遊ぼうな。オレ、ハルとも競争してみたいなって思ってたんだ」


人の気も知らないで(言ってないから仕方ないのかもしれないけど)明日の予定を無邪気に宗介は語る。
さっきまで吹いて居た夜風が今になってぴたりと止んだお陰で急上昇した体温は元に戻らない。勢い余って神戸の空すら憎かった。
せめて、心音だけでも通常に戻ってはくれないだろうか。横顔すら真面に見られなくて、夜景に視線を向けて居る現状をどうにか、したい。


「そう言えば、オレ、ハルよりちょっと身長高くなったんだ。ほら」
「ちょ、何で、今…!」
「え、ハル…?」


近付いて欲しくない、のに、この馬鹿は。いきなり身長の話なんてして背中を合わせようとして来るから、思わず跳ねるようにして逃げて終った。


「ハル…オレに越されたの、そんなに悔しいのか?」
「……そうだ、悔しい、目茶苦茶悔しい」


数cmくらい、直ぐにでも追い越してやれる。昔は僕の方が高かったんだ。
検討違いの言葉に頷いてみせたら、尚更背中を寄せて来て、無理矢理掌を引いてその差を確認させられる。


「3cm、くらいかな」
「宗介…暑い、から、離れろ」
「嫌だ。折角ハルに勝ったんだ、少しくらい喜びを噛み締めたって良いじゃないか」
「喜ぶのは明日の勝負に勝ってからにしろ」


昔の、七海宗介は、こうだった。頑固だし、突拍子もない事を言うし。僕が困るような事だって、普通にするし。それでも、誰より一番近くて、波長の合う奴だった。
それはきっと今も。

ああ、恐らくは、ずっと前から。気が付かなかっただけで、僕にとって、特別だった。
宗介が、笑うからそれに釣られて、破顔する。好きだ、とか段階を進む言葉はこの時、言えなかった。

これ以降、状況が悪化するばかりとは、思う余地もなく。
ひとりになったら、まるで先程までが嘘のように、やたら煩い心臓が落ち着いて熱も下がる。厄介なものを抱えて、終った。
親友を、こんな風に、思って終う何て。痛い程のこの音を、日付が変わってまた聴く羽目になるのは、もう嫌だ。
宗介を困らせないで、収束させるには。一体、何て告げようか。
朝日が登った、神戸の地で。
















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22.5.11.村棋沙仁



ハル→←七海が書きたかった。
しかしどう読んでもハルの片思いです○| ̄|_
わかりにくくても両想いなんです。本当です。
新は良い子。
ほづみんは芹沢と一緒に鳥と戯れに行きました。






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