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dominate.


キスをしようとしたら、掌で顔面を押し返された上に、今忙しいと彼は言った。
そりゃあ邪魔をしたこっちが悪かったのかもしれないが、雰囲気に乗せられる事くらいあるじゃないか。
好意を持つ人間が目の前に居て、ひどく真剣な面持ちで何かに見入る姿はどうにも形容し難いくらいに胸を高揚させる。こっちの気持ちが一方的に高ぶっているのを彼が知る由もない訳だが。

ああ、多少なりともこんな自分とこの埋まらない関係に腹が立つ。ふたりきりですらこの有様。甘いコトバすら右から左へ。
愛を語るより楽器や弦の話を上げた方が断然表情が綻ぶのは今に始まった事じゃあないけれど。
好きだと、思うのに。想えば想う程一方通行のようで。ぐしゃぐしゃと、響也は頭を毟るように掻いた。
例えば榊大地だったなら、何てくだらない事を比較する。部活内の話やヴァイオリンの事なら喜んで顔を上げるだろう。


「響也、聴いているのか」


手持ち無沙汰で仕方なく楽譜に視線を落としていたら、律の声が近付いて来る。自分で後にしろだとか、退いてくれだとか言って置いて、聴いていないのかとは何だ。こっちは気を利かせて大人しく譜読みをしていたと言うのに。

「何だよ、後にしろってそっちが言ったんだろ」
「だから今訊いているんだ。さっき言い掛けた用件は何だ、途中だっただろう?」


用件、という程のものではない事を、この男に説明するにはどうすればいいのだろうか。
顔を近付けたのはキスをしようとしたからであってそれ以外の何ものでもなくて。今更声に出して説明するには何とも気恥ずかしくて、言葉に詰まる。


「別に、大した用じゃねーよ」


突き放すような言い方は何時もの事で普段と同じなのに、何だ、その悄気たみたいな顔は。まるで120%こちらが悪いみたいな、そんな顔をするなんて卑怯じゃないか。

もしかして、自分の話を聴く為に先程までの作業を手早く終わらせようとしてくれていたのかも、何て。淡い期待を抱いて終う。そんなの勝手過ぎる空想かもしれないし、抜けている兄が気を回すような事は、滅多にないのに。


「そう、か…てっきりお前は誕生日の催促に来たのかと思っていたんだが」


それなのに、そんな表情のまま誕生日の話なんて切り出すから、余計に。
ヴァイオリンで頭がいっぱいで自分の事何て考えてくれてなんかいないと思っていて、挙げ句、副部長にヤキモチだって妬いていたのが馬鹿らしい。


「ああ、もう、くそっ」


本当に如月律という人物は昔から。自分を振り回すのが特技であるのではないかと思う。
上手く言えない分は、仕方がないから、熱で触れる事で伝えるとしよう。

悔しいがどうしようもなく、如月律が好きらしい。












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22.5.7.村棋沙仁


響也おめでとう!遅れてごめん!








あきゅろす。
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