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「はあっあ、あ、はあ」
後づさりながら、私は目の前で舌をだらしなく垂らし過呼吸ではないかと言いたくなる程息を切らしている彼を見た。
「人間なんて」
ごつん、と壁に背が付くと犬神との距離が縮まった。人間を嫌い嫌われる、神。まさしくそうだと思った。
彼が神なのだと知ったのはつい最近で、玉章がそっと耳打ちするように言った後、本人も自白した。
別に目の前の男が妖だとしても私は構いやしなかった。人と関わろうとしている神を突っぱねる意味があろうか。
「犬神、もう私は大丈夫」
そんな私を犬神を批判する人は多くいた。私は気にする様子もなかったが、彼が人である私を哀れに思っていたのを私は気が付いている。
そして、今も。
はあっ、っはっはっ
犬神なだけあり犬のように短い息を早く繰り返していた。怒りに狂ったみたいに虚ろな目が私を見遣る。
「犬神、もう大丈夫。もうあなたを軽蔑する人間はここにいない」
だから泣くことない。
ゆっくりと数歩前にいる彼へと手を伸ばせば、無神経に震えながら彼の頬に辿り着いた。
溢れ溢れ、流れる涙を拭えば長い長いその舌を口の中に納め人らしい顔をした。
よしよしと抱きしめるように背中を撫でてやれば強く抱きしめられる。
「名前、俺はおまえを守りたい」
ずずっと鼻を啜る音に紛れて聞こえてきた言葉は少々驚くものだった。
自分のことで精一杯な癖に、玉章に忠誠を誓いそして命をも捧げると呟いていたこの妖が。
ありがとう、と吐息で返事を返しぎゅっと彼の制服を握り締める。
犬の神である彼には聞こえていたと思う。
「私、犬神に迷惑かけたくないな」
すりすりと彼の肩口に顔を埋める。私が妖であればもっと犬神のことを理解できただろうに。
「これは俺の能力ぜよ」
たった一つの。
そう言った彼の言葉に顔を上げて、固めの髪をくしゃっと梳いて数秒二人は動きを止めた。
「妖になりたい。犬神と離れたくないよ」
背伸びをして彼の唇に自分のものを重ねた。
次に涙を流したのは私だった。
滑稽な妖と人間の愛よ
(妖になりたがる人間と)
(人間になりたがる妖の)
アニメで犬神が泣きながら首飛ばしてるのを見て、無性に書きたくなった。
20101212
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