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「元親様!?」

何をおっしゃいます!
長曾我部軍にただ一人の女武将はいつもの冷静さを無くした様子で主へ講義を続けた。
しかし、元親は背けた背を関節一つさえも動かさずじっと遠くを眺めている様であった。

「名前、てめえは逃げな」

目の前にはもくもくと煙が上がり、その合間から今日も美しいと思えるほど穏やかな瀬戸内が見えている。しかし、今日、こちらの立場としてはどうも似つかわしくなかった。

「嫌に御座いまする!わたくしは、私は!」

元親様を置いて行きとう御座いません!
涙ながらに叫ぶ女武将。だん、と音が鳴って漸く元親は振り返った。

「なあ?」

だんだんだん、男らしいその歩く様を名前は涙で視界を歪めながら見ていた。けれど、いつものようなあの笑顔は、ない。

「名前」

くいっと顔を上げさせられ、涙を手で拭われる。

「お前は、生きてくれよ」

「もとち、か・・・さま」

嫌です、と言うつもりだった。
しかしそれは指示を出す声と主の力一杯抱き寄せられた行動によって掻き消されたのだ。


「毛利・・・おめえは地獄に落ちるべきだぜ」

「ふん、貴様こそ地獄とやらに落ちるがよかろう」

元親を彼女の小さな身体で包み込み、涙で濡れた目で毛利を威嚇していた。数秒の間、名前と毛利家の当主毛利元就は睨みあっていたが、長曾我部元親の咳払いによってそれは終わる。
何度も彼女は名前を呼び、抱きしめる。

分かっているのだ。主が助からないことは。

「てめえはむすっとしてる方が似合うな」

皮肉をわざと溢していることなど女武将であり智略を企てる程の名前が気が付かないわけが無かった。こちらも智将として名高い毛利元就は長曾我部元親がこと切れることにそう時間はかからないと悟ると足早に去って行く。

「元親様、このような時にな・・・だからそんなことを言うのですね」

相も変わらず呑気なお人だ。
涙で濡れた頬を乱暴に拭い、いつものように意地悪く笑って見せる。それを見、主は優しそうに笑い頭を撫でた。

「名前、てめえは逃げろ」

いいな、毛利の野郎は外道だからな。お前を必ず殺しに来る。本当は俺が守ってやりたかったんだけどよ、こんな状況だから仕方ねえ、逃げろ。慶次んとこに転がり込め。ああそれかサヤカのとこでもいい。俺の部下だって言やあ匿ってくれる。
てめえならどこでも馴染めるだろうよ。生きてくれ。分かったな、絶対だぞ。野郎共の仇を取ろうなんて思うんじゃねえぞ。
名前の口を滑らせる暇も無く口早に言う。彼女は驚くような呆れるような悲しいような感情の混ざった表情をしながら小さく頷く。
無表情に近い彼女がこんなにも感情を交雑させていることに元親は僅かながらに可笑しく感じていた。

「元親様、ぴーちゃんは私が連れてゆきますよ」

動かなくなってしまった主に一つ言葉を吐き、立ち上がる。床に落ちていた弓と矢を手に持って。



落とし人
(数ヶ月後、二つの墓が瀬戸内に向いて奉られてあったという)

20101127
 


あきゅろす。
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