序章A

 凍騎が子宮型宇宙船の丸窓から『王宮惑星』を眺めていたのと同時刻……『王宮惑星』の片田舎の岩山から、凍騎の宇宙船が存在している方向の夜空を望遠鏡で覗いている人物がいた。
 地球のジプシーのような服装をした成人女性は、望遠鏡で夜空の一点を凝視していた。
 王宮惑星の科学技術では、まだ高度で精度が高い天体望遠鏡を作成するまでには至っていなかった。せいぜい、星が少しばかり大きく見える程度だ。
 占いを生業とする女が覗いている、望遠鏡の中で一つの小さい星の周囲に群れになった微弱な輝きの星たちが、ユラユラと左右に動いているのが見えた。
 それは肉眼では、よほど注意して見ないと、わからないほどの動きだった。
 女が見ていたのは、凍騎が乗っている母船と周辺に群がっている精子型の小型船だった。
 望遠鏡から目を離した女が呟く。
「まさか……アレは我が家系に代々伝わる、古文書に記されていた『長き魔物の襲来凶兆』……わたしの代に訪れるとは」
 占い女の家系には先祖から継続されてきた事柄があった。
 女は急いで家にもどると、棚から埃を被った古文書を取り出して机の上に広げる。
 そこには、触手と触手に襲われて、崩壊している町の様子が線画で描かれていた。
「数百年前の星を襲った惨劇……まさか、本当に長き魔物が現れるのか?」
 占い女は自分の下腹部を撫で回す、女はずっと貞操を守り続けてきた。先祖から託されたある使命のために。

 女は特定の薬草を幼い頃から与えられて育てられた、その薬草を食して体質が変化した処女と触手が一度でも交われば、触手の細胞を滅ぼす猛毒の化学反応を引き起こす。
 言わば特定の薬草を食べさせられて育った女は『対触手撃滅用の生物兵器』だった。
 女が嘆くように呟く。
「二代前なら、わたし以外にも一族の中から数名が選ばれて、長き魔物を迎え討つために育てられていたが……長き魔物が現れない時代が長期間に渡り続いたため、一族の中から風習が消えてわたしが最後の一人になってしまった……わたしが交わるしかないのか、長き魔物と」
 触手と薬草を食してきた女が交われば、連鎖が発生して惑星上のすべての触手が死滅する。
(国中央の王宮に行って長き魔物の襲来を伝えねば、歩いて数日はかかるが間に合うか? 確か王宮には我が家系とは別に『長き魔物襲来』に備えて準備をしてきた『王宮薬剤師』の一族がいるはず……会わねば)
 女は数種類の古文書と巻き紙を、布で包むと旅立ちの準備を進めた。


 離れた村で『女占い師』が旅立つ準備を進めていた頃……王宮内の一室では、『王宮薬剤師』の初老男性が机の上に広げた、獣皮の裏面に書かれた文面に眉をひそめていた。
 ロウソクの明かりが照らす部屋で、薬剤師の男性が呟く声が聞こえた。
「その昔、この地を襲った『長き魔物』の厄災が、ふたたび近づいておる……どうすれば」
 王宮薬剤師も、占い師の女と同様に触手の襲来に気づいていた。
 薬剤師は絶滅間近で採取が困難になった、対触手用の乾燥薬草の葉を手に取る。それが採取された今年最後の薬草だった。
(代々、王室に生まれる姫君の食事に混ぜて、長き魔物の出現に備えてきたが……果たして、本当に効果があるモノなのか?)
 その昔、触手の第一次強襲があり、それを退け触手を追い払ってから。王室でも次の襲来に備えて準備を続けてきた。 最初は王宮にいた処女の侍女や、有志で集まった処女娘たちに薬草を食べさせていたが。
 時代が過ぎて触手が現れない時代が続くにつれて、薬草を食する本当の意味も次第に人々の脳裏から忘れさられ。
 ある時期からは、王宮内の年中行事として薬草入りの料理を処女娘が食べるだけの儀式へと変わっていった。

 薬草を食する本来の意味が伝わっていた薬剤師の家系では、王室の儀式化を危惧する声を王に伝えてはきたが……薬草を食した娘たちの多くが時代と共に触手撃退の使命を忘れ、処女を簡単に捨てるにつれて。
 一時期、王宮内での薬草投与は途絶えた。
 薬草を処女が食べるのが復活したのは、薬剤師の祖父の代……しかし、本来の目的は隠されたまま。王室に生まれた姫が健康に育つための食材として、薬草が毎食の食事に混ぜられて与えられように変わった。

 それは、薬剤師の祖父が考え出した苦肉の策だった。
 王宮内で、もっとも貞操を守る確率が高い娘……姫君の体を密かに『対触手用の生体兵器』に作り替えるという、王室内で発覚したら極刑は間違いない命がけの計画だった。



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