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その日は朝から、やたらと賑やかだった。

いつもよりちょっとだけ豪勢な気がする朝食を済ませ、席を立とうとしたらルフィ達がドタバタと走り寄ってきた。

「ゾロ!コレかぶれ!!」

そんな台詞と共に、頭の上に有無を言わせず乗っけられたのは、厚紙でできた王冠っぽいもの。
思わず怪訝な顔で「…なんだこれ」と聞くと、

「王冠だ!今日はゾロが王様の日だからな!」

そう言って、ルフィが「ししし!」と笑った。

「あのな、王様はなんでも命令できるんだぞ!」
「そうだぞゾロ!なんか命令ないのかメーレー!」
「メーレー!メーレー!!」
「命令って…」

言われてもな。

ルフィ達の期待を込めた眼差しと命令コールに、ゾロは一応首をひねって少し考えてみたのだが、

「…別にねェな」
「ええ〜〜〜!!メーレーねェのか!?」
「王様のくせに情けねェぞゾロ!!」
「そーだそーだ!」

命令コールが一気にブーイングに変わって、ゾロは困惑したように眉根を寄せた。
どうやら何か命令しないことには解放してくれそうもない空気である。

「…あー、そういや肩こってる…かもな、多分」

実際は肩なんかこっちゃいないが適当にそう言うと、ルフィ達の顔がパアッと輝いた。

「まかせろ!!」
「よし、ここはスーパー肩たたきマスターと呼ばれたおれ様が」

ウソップが名乗りを上げると握りこぶしを二つ作って、座ったままのゾロの背後に立った。

「あ、せーのっ!かーさんお肩をたたきましょ〜♪タントンタントンタントントーーン♪」
「なんだァ?ウソップその歌」

軽快なメロディとともにポコポコ肩を叩くウソップに、ルフィが首をかしげる。

「なんだ、知らねェか?おれの村じゃ、肩叩く時はコレ歌うんだ」
「でもゾロは母ちゃんじゃねェぞ」
「んん〜?そういやそうだな…父さんでもねェし…ゾロさん…ってのもなァ」
「王様だから王さんじゃねェか!?」

「‥‥‥‥‥」

頭の上でワイワイと、わりとどうでもいい議論が始まってしまい、ゾロがため息を吐きかけたその時、

「オイ!うっせェぞおめェら!!つーかなんでココでやんだよ、外でやれ外で!!」

朝食の後片付けを終えたサンジがそう怒鳴って、タバコに火をつけながらキッチンから出てきた。
ルフィ達が「ええ〜〜」と不満そうな顔をサンジに向ける。

「…ったく、マリモ叩き遊びなんかやるヒマあんなら、晩の宴会用に魚でも釣ってこいっての」
「魚!?」

サンジの台詞に再びルフィ達の瞳が輝き、一斉に期待を込めた顔でゾロを見る。
ゾロは、分かりやすすぎるだろコイツらと思いつつもニッと笑うと、

「…デカくて脂のったやつ頼むぜ」


そう「命令」した。


「よーし野郎共!釣りだー!!サンジ!エサくれエサ!」
「へーへー、作って持ってってやるから、準備して待ってろ」

ルフィ達がワーワー言いながら慌ただしく甲板に走り出て行く。
一気に静かになったラウンジで、ふと視線を感じて顔を上げると、キッチンに引っ込んだサンジが粉っぽいものをこねながらジッとこちらを見ていた。

「…何見てやがんだクソコック」
「…似合ってんぜ、それ」

一瞬なんのことを言っているのか解らなかったが、サンジの目線が頭らへんを見ているのに気付き、ゾロはバツが悪い表情で舌打ちしてさっきルフィにかぶせられた王冠を頭から下ろした。

厚紙に金色の色紙を貼って作られたそれはやたらと金ピカでド派手だ。
でも妙に作りが細かいところを見ると、作ったのはウソップあたりだろうか。

「…なァ、王様マリモ」
「あァ?」

声をかけられて、何かからかわれるのかと一瞬身構える。
けれど、サンジの口から出てきたのは、ゾロが思ってもみなかったような台詞だった。

「おれも、今日だけはお前の命令なんでも聞いてやるよ」

思わず自分の耳を疑って固まったゾロに、エサを作り終えたらしいサンジが丸めた練り餌の入ったボールを片手に近付いてくる。

「ホラ言ってみろ、なんでもいいぜ」
「‥‥‥何もねェ」

ゾロの返事に、サンジが不満そうに顔をしかめた。

「…何もって事ァねェだろうが!!いいからさっさと何か言え!」
「うるせェな、無ェっつってんだろ!!」
「そ――」

「サンジ〜〜!!エサまだかァ〜!?」

何か言いかけたサンジの台詞を、甲板からのルフィの叫び声が遮る。
サンジは軽く舌打ちすると、甲板に向かって「うるせェ!!今行く!」と怒鳴ってゾロの前から離れた。
扉へ向かう足音にホッとしたのも束の間、

「…夜までに何か考えとけよ」

そんな言葉を残して、扉が乱暴な音を立てて閉まった。

「‥‥なんだってんだ、あの野郎…!!」

一人になったラウンジで、ゾロは舌打ち混じりに呟いた。
いつもゾロ相手にはつっかかってくるばっかりの生意気なコックが、いきなり「命令なんでも聞いてやる」とか言い出した。あり得ない。
はっきり言って不気味だ。

まあ何か頼んでやれば気が済むのなら、ルフィ達にそうしたように適当に何か言ってれば丸く収まったのかもしれないが。
ゾロには、サンジ相手には意地でもそうしたくない理由があった。


サンジに、惚れているからだ。


そりゃ勿論、なんでも言う事聞くと言うならやらせたい事は両手の指じゃ足りないくらいだったが。
むしろ今までだって頭の中じゃ散々エロい事やらせまくってそれをオカズに抜きまくっ…まあそれは置いといて。

どうせサンジは「なんでも聞いてやる」とはいっても、ルフィ達に頼んだ肩たたきレベルの「メシ作れ」とか「酒くれ」だとか、ゾロの頼みなんてそんなモンだと思っているに違いない。

ゾロが本気でサンジにやらせたい事を口にしたならば、ドン引きのち罵倒、そして喧嘩の流れが目に見えている。

本当に望むものが手に入らないのなら、王様ごっこの命令なんて虚しいだけだ。


「…人の気も知らねェで、あのクソコック…!!」

ゾロはムカムカしながら静かなラウンジで一人、呟いた。
ついでに言うとムラムラもしていた。
実はサンジの「お前の命令なんでも聞いてやる」が股間にクリーンヒットで、さっきからずっと勃ちっぱなしだった。

さすがにこの状態でラウンジを出るわけにはいかず、かといってこんな所でマスをかくわけにもいかず、ゾロはしばらくの間ラウンジで悶々としていた。



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