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書をたしなむ/真田弦一郎

墨を擦る。

筆を取る。

呼吸を整える。


そうした準備と心構えがあって、初めて書を生み出す事が出来るというのに。どうした事か、一向に書くべき書の様相が浮かんでこない。


たっぷりと墨汁の染みた筆を適当に動かしながら、ひたすらに真白い半紙を見つめる。否、目は確かに半紙を映しているが意識的に見ている訳ではない。


理由は分かっている。下腹部に感じる鈍く痺れるような感覚。脈動と一緒に、じんじんとその感覚が身体中に広がっていく。


意識せずにしようとしてみても、全くの逆効果で。現状のように、むしろ神経が研ぎ澄まされていく。いかん、精神修行が裏目に出てしまったようだ。


こんな状態で良い書が出来るはずもない。右手に持っていた筆を、硯(すずり)の上に置く。ぽたり、と垂れた墨汁が半紙の上をじわじわと黒く浸食していった。


障子を開けて、廊下の様子を探ってみる。もう夜も大分更けた頃合いのせいか、家の者が起きている様子はない。庭先から虫の鳴く声だけが、いやに大きく聞こえるほどだ。


周りに人がいない事を確認して、静かに障子を閉めた。小さく深呼吸をして、暗闇の中、恐る恐る自らの下腹部に手を伸ばす。


「……ん…」


思った通り、常より熱く体積を増したソコに手を掛けた。着物の裾を捌いて、下着の中を探る。


外気に晒された性器をなるべく直視する事なく、手のひらで包み込んだままゆっくりと上下に擦っていく。たったそれだけの単調な動作なのに、みるみる内に硬度を増していくから不思議だ。


高揚する頭の中で、ななしの事を思い浮かべる。日常の中で、ふとしたときに見える太ももや二の腕。服の中に隠れた肌を思い出しては、呼吸を荒くしてしまう。


女体とは、どうしてあのように艶かしい物なのだろうか。歴史小説を読んでみても、かくも恐ろしいのは男の武術よりも女の房術である。


性器に快楽を与えているのは自分だとはいえ、油断すれば声が漏れそうになる。グッと寄せた眉間に力を入れ、浅い呼吸を繰り返す。


すでに、手の中には収まりきらないほど膨張しそそり立っている自分の性器。月光に照らされながらどくどくと脈打つ姿は、ひどく凶悪に見える。


テラテラと光っているのは、先端から分泌された体液のせいだろうか。確か以前、蓮二に聞いたときは「かうぱーせん液」と言っていたな。


染み出る体液を、まんべんなく亀頭に塗りたくった。比較的柔らかな先端は、指で押せばぐにゅぐにゅと反発するような抵抗を感じる。それが気持ち良くて、しばらく先端を弄り続けてしまう。


十分に潤った性器を力強く掴んで、再び上下に擦っていく。濡れた鈴口が開いているせいか、その度にぐちゅぐちゅと淫らな水音が聞こえた。死ぬほど恥ずかしいが、その音が余計に興奮を煽る。


膨らむ羞恥心に、近づく射精感。ラケットを握るべき右手で、俺はなんて破廉恥な事をしているのだろう。


もはや周囲の気配などそっちのけで、もっと早く、というように自らの手を動かす。今自分がどんな顔をしているかなど、考えたくもない。


「…っぁ…ななし…!」


まるで爆発したかのように、一瞬大きく膨らんだ性器からは白い液体がどぷどぷと溢れ出した。ここで初めて、ティッシュも何も用意していない事に気付いた俺は、慌てて近くの紙──墨汁の滲んだ半紙を性器に押し当てる。


しかし水に弱い半紙のためか、あっという間に破けてしまう。飛び散って溢れた精液は、手首にあるパワーリストまでもを汚してしまった。


「…いかん、俺は何てことを…」


その瞬間に、ようやく我に帰ってみても後の祭りで。恥ずかしさとななしへの申し訳なさで、頭がどうにかなりそうであった。


いくら「男として生まれた以上は仕方のない事だ」と蓮二に説明されようとも、「みーんなやっとる事じゃ」と仁王に慰められようとも、やはり自分自身が許せない。


性欲などなくなれば良い、と何度思った事だろう。しかし、ななしに出会ってからは"性欲"が少しだけ好きになった俺はたるんでいるのか。


どちらにせよ、とりあえず今はこの状況をなんとかすべきだ。汚れたパワーリストを外して、書道の道具を片付ける。少し障子を開けておかないと、青臭い匂いが部屋にこもってしまう。


明日はパワーリストの代わりに、右手でダンベルでも持ち歩くか。






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