小話
さくらびより(双子)
「気持ちいいな〜…」
時折吹く風に桜の花びらがはらはらと散っていく。温かな日差しが降り注ぐ縁側は、ひなたぼっこをしながら昼寝をするのに最適な場所だ。葉はいつものようにぼーっとしながら、適度に眠くなるのを待つともなしに待っていた。傍らには一応昼下がりのお供にと、湯のみと茶菓子を添えて。因みに茶菓子はみたらし団子である。
だんだんうとうとしてきて、瞼に入る力も抜けていく。
意識がふわりと溶けようとしたその時、ふいに誰かに髪の毛を引っ張られた。
……あー…もうちょいで夢の世界に旅立てそうだったのに
「…なんか用か、ハオ」
瞳を開くと、予想通り葉の髪を弄んでいる双子の兄―ハオがいた。
「ん?寝てるんじゃなかったのかい?」
嘘臭い笑みを貼り付けたハオは、まだ髪を触るのをやめないままだ。
「わざとらしいんよお前」
わざわざ起こしたんだろうが、と心の中で毒づいて、しつこく髪を追うハオの手を軽く払う。
ハオは手厳しいなぁ…などと言いながらも葉の隣に腰掛けた。
二人揃って縁側に並ぶ。ハオは桜を見上げていた。春風がハオの長い髪の毛をたなびかせて柔らかく光る。
双子なのに葉とは違うサラサラの髪は、こっそり葉のお気に入りだった。
つい触りたくなって、一房掬って毛先まで指を通してみる。
手触りも見た目通り滑らかだ。…男なのに。
「さっきの仕返し?」
くす、とからかうように振り返ったハオの瞳の中には炎がゆらめいていた。切れ長の眼に見つめられて、葉は急に恥ずかしくなって手を引っ込めた。
まだほんのり温かい湯のみに両手を添えてお茶をちびちび飲む。無駄な努力と分かってはいたが、それでもなんとか気を紛らわせたかった。
「葉、」
不意にハオの白い手がのびてきた。
ご丁寧にハオはブロック付きのグローブを外していたから、葉の頬にハオの指は直に触れることになって。
「な…んなんよ、」
「動かないで」
「っ…ハオ?」
「…ほら、花びら」
ハオに示された指先を見てみると、なるほどそこには薄桃色の桜の花びらがちょん、とくっついていた。
「あ…さんきゅ」
「どういたしまして」
にこりと、散っていく桜に霞むようにハオは微笑んだ。…いつもこんな感じに優しく笑ってくれたら、心臓に悪いなんて思いはしないというのに。
「そうだ、葉」
ひょい、と葉の湯のみをハオの手が取っていき、残りの茶を飲まれる。
「おかわり頂戴」
そこにはハオお得意の有無を言わせないにっこりが張り付いている。さっきまでの微笑みはすっかり消えていた。
急な展開についていけなくて呆けていると、早くしてよと急かされる。
無言で抵抗してみようかとも思ったが、どうせ最後に根負けするのは葉の方だ。
さっさとやっちまった方が楽だと思い直して、葉はお茶を入れに台所へ向かった。
でもこのままじゃ癪だから、ハオの湯のみにだけこっそり醤油でも混ぜておこう。
子どもの頃じいちゃんにイタズラを仕掛けたことを思い出して、自然と頬が緩まっていった。
―昼寝は妨害されたけど、こんな春の午後も悪くないかもしれないな―
…しかし、この平和な思考が彼方へと吹っ飛んでいくのは、ほんの数分後のことであったりするのだった。
(「ぶっ!!なんだこれ変な味がする!」)
(「そう?僕は美味しいと思うよ」)
(「お前っ…湯のみすり替えただろ!?」)
(「…さぁ、なんのことやら」)
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