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紅勾


トン、トン、と何かをまな板で切っていく音が聞こえる。

普通に聞こえてくれば何でもないが、その音だけに集中すると、意外にもそれは一定のリズムで刻まれてゆく。



こんなことにも性格は出るのか、と思った勾陳は口許に微笑を浮かべた。



「そんなに面白い本なのか?それ」



ひょこっとキッチンから顔を出した紅蓮は不思議そうに勾陳に尋ねた。


「あぁ、これか?もう読み終わってるよ。そこまで面白い内容ではなかったがね」

「それでも読破か、律儀と言うか真面目と言うか…」



真面目なのはお前だろ、


と勾陳は返そうとしたが、今自分が見つけた事をわざわざ教えてやるのも勿体ない気がしたので黙っておいた。




「お前は本が好きだよな…昔は読んでなかったのに」

「まぁそうだな。別に嫌いな訳じゃ無かったけどね。それに昔の書物に書いてあることは信憑性が薄かったからな。晴明も若い頃、違う違う騒いでいたじゃないか」

「大分昔だな、それは…」

「そういえば、お前も最近は読まないな、昔は彰子に教えるくらい色々知っていたわりに」

「昔の書物の方が読みやすかったしな。文庫本なんて読むと目が疲れる」

「歳をとったな」

「馬鹿言え。同じ時に生まれたんだ、お前だって同じだろう」

「ま、そうなるな、全く、長すぎる付き合いだ」


お前はいじりがいがあって退屈はしないが、


と勾陳が付け加えると、


「あまり嬉しくない褒め言葉だな」

と紅蓮は困り顔をした。



しかし、また急に何かを思い出して勾陳に尋ねた。


「本が読み終わってるなら、さっきの嬉しそうなのは何だったんだ?」

「教えて欲しいか?」
「…それ、絶対教えないつもりだろう」

「そういえば、今日の夕食は?」

「そんなに具体的にはまだ…って何企んでる」

「人聞きの悪い…久しぶりに手が込んでいる料理がいいなと思っただけだが?」

「全く…分かった分かった。で、嬉しそうな訳は?」


その返事で、要求が通った事に満足した勾陳は素直に教えてやる事にした。



「大した事じゃないが…お前が何かを切っている音が聞こえた時に何となく、幸せだな、と思ったんだ。」

「幸せ?」

「あぁ」



そこで勾陳はクスリ、と笑って続けた。



「自分じゃ気付いてないかもしれないが、やたら正確だしな。それが心地よくて、何となく」

「それで笑ってたのか…にしても、よく聞いてたな」



なるほどな、と言った顔の紅蓮を見て、一つ思い付いた勾陳はキッチンに戻る彼の背に、聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。



「…お前の側に居るのが好きだしな」



聞こえていたのかいないのか、返事がないので分からなかったが、
同じ空間で同じ時間を共有しているのが嬉しいんだし、まぁ嘘ではない、と勾陳は自己完結させた。



そして、しばらくするとまたトン、トン、という音が部屋に響いた。












その夜


「なんか、今日の夕食豪華だね!なんかあったの?紅蓮」


帰宅した昌浩に尋ねられた紅蓮は素早く支度をしながら答えた。


「そこにいるお嬢さんのご要望でな」

「手が込んでいるものが食べたいとは言ったが、別に一つ一つに飾り切りが入るくらい凄いものは頼んでないぞ」

「うわっ、本当だ…細かい…」

「あーもー別にいいだろう。昌浩は早く席に着く!他の連中はニヤニヤするな!」




勾陳は紅蓮のその様子に最後の言葉が届いていた事を確信して、せめてもの照れ隠しか、やや雑に料理を皿に取り分けていく紅蓮を見て微笑んだ。





ほんの少しの幸せですが
(多くは望まないのだから)



















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101205桜餅

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