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短編
君がため(晴若)



ある日の安倍邸、そこでは、稀代の天才陰陽師の孫が朝から考え事をしていた。




「う〜ん…彰子が喜ぶものって何だろう?」


「昌浩や、そんな所で何をやっとるんじゃ?」


「あ、じい様おはようございま…「聞いてくれよ晴明!お前の孫はさっきっからずぅ〜〜〜〜〜っとこんな調子でな。日頃の礼に彰子への贈り物を考えてるんだ。お陰で俺は退屈で退屈で…」


「孫言うな!そんなに言うならもっくんも考えてくれればいいじゃないか!」


「たから言っただろう?お前が贈り物をしたら彰子は喜ぶだろうって…つか、もっくん言うな」


「だから…もっとこう具体的にさ…」


「それくらい自分で考えろー」



うぅ…とうなだれてしまった孫を見て見兼ねた晴明は一つ、提案をした。



「そうだな…昌浩や、綺麗な花でも摘んで、差し上げたらどうだ?」


「花?」


「ほぅ…結構良さそうだなそれ。」


「そうだね…でも彰子はどんな花が好きなんだろうなぁ…」



進んだようで振りだしに戻ってしまった昌浩の考えに物の怪は「げっ…」とした顔を作り晴明を睨んだ。
一方、そんなつもりはなかった晴明は苦笑いをして自分の部屋へと戻って行った。





遥か昔、自分が今の昌浩のように悩み、愛する妻へ花を贈ったことを思い出しながら……









その日は丁度冬の寒さが和らぎ始めた日だった。



陰陽師としての地位はそれほど高くはないものの、その実力を確かに認められつつあった晴明は毎日仕事で帰りが遅くなる日が続いていた。



しかし、


「全く、1人でいるのが恐いならそうと言ってくれればいいものを…」



帰り道、晴明は一人呟いた。
彼は最近…というか仕事で帰りが遅くなり始めたころから、自分のせいで若菜が毎日泣きそうな顔をしていることを知っていた。



「あれも頑固だからなぁ…太陰もそう思わないか?」


「そんな、私に聞かれても…大体、若菜は私達がいるだけでも泣きそうな顔をするじゃない」

「まぁ、そうだな…」



晴明はそういえばそうだったと、一人納得した。


彼女は本当に怖がりで泣き虫なのだ。





「私は若菜の笑った顔が好きなんだがなぁ…」



彼女が泣いた時、晴明はいつも彼女のそばにいた。
そうして落ち着くと若菜は優しく晴明に微笑むのだ。



その顔が晴明は何よりも好きだった。


だから、出来る限り、若菜には笑顔で毎日を過ごして欲しい…と、晴明は心から願う。




「だが、今悲しませているのは…私だな…」


「晴明?」


急に表情が曇った主に太陰は心配し声をかけた。



「いや、ちょっと考え事だ……ん?あれは…」


「あ!晴明どうしたの!?」


太陰が言うよりも先に晴明は駆け出した。







「わぁ…綺麗…まだ寒いはずなのに…よく咲いてるわね」


「あぁ、私も遠目からだったからよく分からなかったが…この季節にしては随分咲いているな」



2人が見つけたのは辺り一面…とはいかないまでも、美しい花々が咲いている小さな空間だった。

晴明は辺りを見ながら、この場所に連れて来たら、若菜は笑ってくれるだろうか…
などと密かに思案し、同時に今の忙しさじゃ無理だろう、と一人難しい顔をして、他に何かよい方法はないかと考えた。




そうしてしばらく考えた末、彼は近くに咲いていた白い花を一つ、ゆっくりと摘んだ。








「ただいま…どうしたんだ若菜、そんな所で…」

「あなた!…お帰りなさい」


屋敷へ帰ると若菜が入り口の近くで身を小さく震わせているところだった。


「今日は、あなたが早く帰れると言っていたので…早めにお料理をしようと思ったら台所に小さな鬼がたくさん出てきて…!」

そう言う若菜の顔は既に泣いてしまいそうだった。



「若菜、これを…」

「え?…あなた、これ…」


晴明が彼女の為に摘んだ花を渡すと、若菜は一瞬きょとんとしていた。




「その、帰りに綺麗に咲いていてな、お前が気に入るかは分からないが…」

「嬉しい…」

「え?」


「とても…嬉しいです」




静かにそう言う若菜の顔は晴明の好きな、優しい笑顔だった。



「………………」





そして晴明は、若菜の、花にも負けない位の笑顔に心を奪われ、その場から動けなくなる。



「あなた?どうしました?」

「え?あ、何でもないよ、若菜」

「痛っ、…何をするんですか…」



いきなり下から顔を覗かれそうになったので、晴明は慌てて若菜の額を軽く指弾した。
しかし、指弾された当の本人は理由が分からず晴明の方をまた見ようとする。


しかし若菜は指弾された時、ある事に気付いた。




「あなた、手が…」


「あぁ…気にするな、多分寒さで赤くなっているだけだ、大したことはないさ。鬼は台所だったな。ちょっと見てこよう」


「待って下さい!晴明様、お顔も赤いわ」

「そうでもないよ」

「いいえ、今日はこんなに寒いんだもの、風邪を召されたのかもしれないわ…ごめんなさい、私の為に…」

「いや、本当にそんなことは…」



そんな話をしていると…


「お暑いね〜お二人さん」

「なっ!雑鬼達!」

「ホントだ!晴明、お前顔が真っ赤だぞぉ!」

「はっはーん、さては若菜に顔見られたくないからそんなに一生懸命振り切ろうとしてるんだな?」

「俺達は寒いからここに暖をとりに来たっていうのに…」

「これじゃ暑すぎるなぁ?」

「そうだなぁ」

「あ、馬鹿、そんなこと言ったらすぐ追い出されるだろ!」

「…お前達」


「「ひっ!」」





その日、普段は比較的無害な妖には優しいはずの晴明が鬼のような勢いで雑鬼達を追い出した

という噂が都中の妖の間で流れたそうな…






それは遥か昔の話―――





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