小噺
雨の中で見る太陽(本雅)
久しぶりに雨が降った。
雨を見るのはいつ以来だろうか。
記憶に残っているのは、あの日だけ。
たった一つの夢が全部崩れた、あの日だけだったー…
<雨の中で見る太陽>
天気予報で雨が降るのは知っていたハズなのに、朝方の空色にすっかり油断した。
塾帰りの松永はいつもよりもやや急ぎ足で駅に向かう。
見えてくる信号は赤。
服に浸透してくる水。家に帰る頃には相当濡れているに違いない。
長い信号を待っている間にも、雨脚は強くなるばかりだ。
夏の終わり、強い雨。
―…気分が悪い。
これはきっと、濡れているせいではないのだろう。
「…マサヤン?」
建物についている小さい屋根の下、ふと聞きなれた声に気がついた。
―どうしてこういう日に限って、最も会いたくない人物と出会ってしまうのだろうか。
わざわざ服を選ぶのも面倒くさくて着ている制服。
使い古してボロボロになった学生鞄から覗いているのは、グラウンドの土にまみれたユニフォームではなく、予備校の分厚いテキスト。
「傘。天気予報見たのにさ、忘れちゃった」
ほぼ同じ格好をした松永と本山は、通学路でもある小さな交差点で久しぶりの挨拶をかわした。
ーあの試合が終わってから、何日が経っただろうか。
もう随分と昔のような気がする。
あれからちょくちょく、1、2年の部活に差し入れを持って行ったりはしていた。しかし2人が直接会うことはなかった。
松永が無意識に距離を取っていたことに気が付いたのは最近だった。
「塾帰りだよね?俺も。疲れるよなー」
「あぁ、」
ようやく信号が青になって、早歩きで駅に向かう。
それに合わせて自然と本山もそのあとを着いて来る。
コンパスの長さの為か、普通の足取りでもしっかりと隣をキープする本山が憎い。
「今まで勉強してなかったからさ、だいぶキツいんだよね。そっちはどう?」
「…まぁまぁだな。」
「…ねぇ、マサヤン」
「なに、」
雨は強さを増すばかりで、一向に止む気配を見せない。
いくら早く歩いたってずぶ濡れになるばかりで、もう意味はないとわかっていた。
「…怒ってる?」
歩き続ける松永の後ろで、足を止めた本山は問いかけた。
「怒ってねぇよ」
「じゃあ何でさっさと歩いてくの」
「…濡れるだろうが」
「―どうして部活の時、避けたの?」
ざぁざぁと降りしきる雨の中、駅まで何も無い道で。
久しぶりにちゃんと見た本山は、真面目な口調の後、いつものように笑って見せた。
松永が覚えている通りの、本山の笑顔だった。
「…んで、オマエは」
「え?」
笑えるんだ―…?
「ちょ、マサヤン!?」
曇り空、大粒の雨。
同じく松永の目から流れる大粒の涙。
ずっとずっと抑えてきた均衡は、脆くも崩れ去った。
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