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小噺

雨降り日(本雅)












外は雨が降っていて 世界は灰色だった















『ねェマサヤン』


部屋の中は雨の音と、それから時折ページをめくる音がするくらいで
至って静かだった。


その沈黙を破ったのは
俺以外に今この部屋にいるもう一人。


『何』


視線は本から外さずに、最低限の返事をする。


それを本山が気にした素振りはなく、(大概コイツも適当だからだ)
声のトーンを落とす訳でもなく話しかけてくる。


『もしもの話だけどさー』

『うん』


俺は大して関心を寄せず 話半分に返事をする。


大体本山のもしもなんて、
いつも突飛なことばかりだ。



『俺が死んだらどーする?』





それはやはり
今日も例外ではないようで。








『は…』

質問の内容が唐突すぎて、溜め息にも似た音だけが口から漏れた。

言っている意図が全く掴めない。
思わず眉間に皺が寄るのを感じた。


もしも お前が死んだら?何だって?


俺が理解していないのを察したのか、ちゃんとした返答を求めてか、
本山は同じことを繰り返す。


『だからさ、もし俺がマサヤンより先に死んじゃったらどうするって話』

『どうするって…』



どうするも何も、どうしようもねェじゃねーか。

もし瀕死だっていうなら、そりゃ何としてでも助けようとするよ。

でも、もう死んじまってんだったらどうしようもない。

悪いけど俺ザオリクとか使えねェし。





あ、もしかしてあれか。




『埋めてほしいのか?んなの別にいつだって』

『ちげーし!!つかさりげひどっ!』


一つ思い当たってそのまま口にだしてみると、案の定大否定された。

まぁ、 考えてみりゃ、そうか。


およそ的はずれな答えを返す俺に、本山は少々呆れた顔を見せる。


『俺をどうこうじゃなくってさーマサヤンはどうするのかって聞いてんのよ』


『俺?』



無意識に避けていた応答にぶち当たり少し戸惑う。



先に死んだら…って、
そんなこと今考えなきゃいけねェの。

俺は今ここにいて、
オマエは今そこにいて、

いつもと変わらない顔で、目で、声で、

俺の目の前にいるのに。


それを今俺に言わせるのか。





一人錯綜してる俺を見兼ねてか、本山は助け船を出す。


『そんなに深く悩まないでよマサヤン。ただちょっと思い当たっただけ。』


ねっころがっていたソファに座り直して、思い出したように頭を掻くコイツを、ただ俺はぼんやりと見ていた。
黙ってれば割と整ってるよなとか思いながら。


『別に、実は余命3ヶ月の病気持ちなんだ…とか、誰かに狙われてます、とかそんなこと全然ないから。』


そういって本山は、俺より一回りは大きな手を自分の前でひらひら振った。




『ただの、興味本位、だよ』




雨のせいで明かりをつけてない室内は薄暗く、
本山が今どんな顔をしてるのかはっきりとはわからなくて、そこからコイツの感情を汲み取ることは出来なかった。



ふいに窓の方を見た本山につられて、俺もそちらへ目線をやる。



窓の外は相変わらず雨が降り続いてて、まだ止む気配はない。

車の音に混じって降り続く雨の

サー、サー、という衣擦れのような音が静かに鳴り続けている。






『オマエは』


『ん?』



自分が出した声は思っていたより小さくて、まるで内緒話でもしているかのような音量だった。
それが俺にはとても弱々しく響いて。





実際そうだったのかもしれない。





『オマエはどうすんだよ』


『何が?』



こんな風にごく当たり前に返答をするコイツにむかつくと同時に、
一方でこんなにも動揺している自分が腹立たしかった。



喉の奥が、ベーランの後みたいにヒリヒリする。



俺はなんとかわずかな唾を飲み下して、声を絞り出した。










『もし俺が先に死んだら、

オマエどうすんの?』








いつの間にこんなに乾いたのか知らないが、
そのせいで本山に問い掛けた言葉は酷く掠れて、
言葉というより口から漏れ出た音みたいになってしまった。


でもなぜだかその音は、まるで秘め事みたいに甘い響きを持って俺の鼓膜を震わせた。



そんなハズないのに。




ただ、少なくとも俺にはそう思えた。






『俺?』


と、ババ抜きの順番を確かめるくらいの気軽さで問い返してくる。そんなコイツから俺は視線を外すことができない。


いつもと同じだ。何もかも。



真っ黒な髪も、
つり目がちな一重も、
独特な気の抜けた空気も。

変わらない、いつものモトがそこに−。




そこで俺はあることに思い至った。









ぼんやりと去年のことを思い出してみる。






去年、8月、




合宿行く行く、なんて暑苦しいくらいやる気十分 だったアイツが休んだ理由って、


そういえば。










そんなことを考えてる内に本山は話終えていたようで、俺は一番重要な部分をすっぽり聞き落とした。

そんな俺の様子にすぐ気づいた本山はちょっと拗ねたような声で俺を咎めた。



『ちょっと、マサヤン、聞いてる?』


『あ、悪ィ…聞いてねェ』


『もーー。じゃあもっかい言うけど』



なんとなく本山が言うことがわかる気がして俺は身構えた。




何でって、






もちろんツッコむ準備に決まってる。







だってコイツ




『俺はねマサヤン』














目が笑ってんだよ、モト







『マサヤンの後を『それはない』


ずびし、と音がしそうな程、持っていた本の角を駆使して本山の頭に的確なツッコミをいれてやる。

うん、我ながら絶妙のタイミングだったなとか、余計なこと考えてみる。


本山はといえば、痛ェとか鬼畜だとか言いながらうんうんうなっていた。

いい気味だ。


『ちょっとマサヤン、何で言い切れるわけ?』


直撃した頭部をさすりながら、涙目のまま本山はさも恨めしそうに聞いてきた。


『はぁ?だってそうだろ。オマエはしねェよ。』

『わかんないじゃん』

『しねェよ。』


半ば俯きがちにその言葉を繰り返す。


何かのまじないみたいに。
言えば絶対にしなくなるって保証があるみたいに。




『お前は絶対に、しねぇよ…』




それは断言っていうより、むしろ俺の希望的に響いた。



むしろというか、希望そのものだけど。







『雅也殿は俺が後を追えない程弱い男だとお思いですか?』


額に手を当ててふざけながら
本山は切り返してくる。


『後を追うことが強さとは限らないぜ、裕二殿?』


それに俺も真似して返す。





真面目さを気取るものの、


やっぱ駄目だ、耐えらんね。



本山もそうだったのか

どちらからともなく噴き出して、しばらく顔を付き合わせて笑った。







『俺だって、マサヤンに後なんか追ってほしくないんだよ』



ひとしきり笑ったあと、またソファにねっころがった本山は思い出したように呟いた。


俺も付き合わせたソファにねっころがって対応する。



『オマエ、アレだろ。その唐突なの、じいさんとばあさんの命日だからだろ』



俺の発言に本山はぱちくりという擬音がつきそうな程はっきりとした瞬きを何度か繰り返した。

細めがちな目は、驚きのためにいつもより少し大きくなっている。




『アレ、今日、だっけ…?』

『はぁ?』



本山の反応に凄い肩透かしをくらった気分になる。

違ェのかよ。じゃあどういうことよ。




『いや、まぁ、それ思い出したからっつーのはそうなんだけど、さっ』




俺の心の声が聞こえたような返答を、
だき枕にしていたクッションを頭上に放り投げながら本山はしてきた。


『確か、ほとんど同時期だったよな?』

『そー。つーかよく覚えてんね。』

『だってオマエそれで合宿来れなかったんじゃん。』

『あーーー、そうだった』



放り投げていたクッションをもう一度抱き枕に戻して、モトは話した。




『ばあちゃんがぽっくりいってさー、
もう随分歳だったしそれはいんだけど、
その後追うみたいな感じでじいちゃんもいっちゃってさー、』



まぁそれも寿命なんだけど、なんて小さく付け加えて、眉間にちょっとだけ皺を寄せて話すモトが、ごろりとこちらに体を向ける。








『まぁ考えちゃったわけよ。』




求めるような目付きで見てくるもんだから、俺もあえてそれにノッてやる。



『へぇ、何を?』




すると本山は、今寝直したばかりなのにわざわざその場に正座して、大真面目にこういった。



『ずばり』








『女の強さについて』


『なんだそれ』




本山の返答に思わずぶはっと息を吐き出す。


本山も俺の反応に満足したのか楽しげにまたソファに転がった。



『フツー逆だろ』


『そこがみそなのだよ、マサヤンくん』



くつくつと笑い声が交差する。







本当は互いにわかっている。




そこにいたはずの人が、ある日突然いなくなったりするってこと。



いなくなったからって、時は流れるし、
世界は変わらなくて、

ただそこにいたはずのその人の場所だけがぽっかりと空白になるのだ。

前触れなんかない。
もう二度と会えなくなるのに。


それがどんなに寂しく辛いものか。





だから怖いのだ。どうしようもなく。






だからこそ俺たちは笑って話すんだ。

















外は雨が降っていて、世界は灰色だった。


俺はここにいて、
オマエはそこにいる。







こんな日でもなきゃ、こんな話、こんな風に出来ないって、



勝手にそう思った。







そうして俺たちは、またしばらく気持ちのよい微睡みに身を浸した。








小噺なのにくそ重くてすみません…!!
つか、は、初本雅がこんな暗くて申し訳ないす…爽やかな高校球児に何言わせてんだ私わ。

でも高校生くらいって、普段目を背けがちな事とかを、あえて話したり考えたりすることもあると思うんです。答えは上手く出ないことをわかってても考えちゃってたり…するかなぁなんて妄想ですえへ。←

勢いで書いてしまったので結局何も解決してないですね!!\(^o^)/ヒィ!!



あ、ちなみにこの小説、葎ちゃんと書くタイミング、CPなどがぴったりかぶった(二人間での)通称『シンクロ』の産物でもあります。

まだ葎ちゃんのを読んでいらっしゃらなかったら、是非読んでみて下さいね!雰囲気が全然違って面白いですよ笑


では、最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました!!!



葦月


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