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小噺
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一瞬てのは長い。





一瞬あれば、



投手の指から放れた球はキャッチャーミットにすっかり収まるし

塁に滑り込むランナーはアウトにもセーフにもなる。


至近距離でぶつかる直前に、上体をぐっと反らしてそれを避けた。


余計についた身長差といつもより近い距離は、元から大きいとはいえない目の前の彼をより小さく映したけど、


しゃんと伸びた背筋や、静かに上下する胸板を見て、意外としっかりした体つきなのだなと、ぼんやり思った。







『あのさ』





空中をさ迷っていた俺の意識は改めて目の前の人物に重なる。



前を向いて、尚且つ斜め上からの視線になる俺の位置からは、わずかな横顔がかろうじて見える。


誰もいない土手を見つめる目はいつになく真剣で、
1mmだってブレはしないかに見える。



『うん』




少し遅れて返事をする。


田島はといえば、口火を切ったあと迷うように口をまごつかせている。


いつも直球な彼にしては何だか酷く珍しい光景に見えて、思わずしげしげとその様を観察してしまう。


動かない表情は強ばっているようにもみえる。



汗が一筋

田島の形の良い額から

尖った顎へと流れ落ちた。




―緊張、してる?







『俺たちさ』


『うん』



唐突に話し始めるその表情は変わらない。


俺は先を促すように曖昧に返事をする。



『最初の頃、あんま仲良くなかったじゃん』


『? うん』


『つか花井が敵意剥き出しだったっつーか』



まぁ皆の手前何となく隠してたみたいだけどさーなんて何でもないことみたいにコイツは言う。

俺はそれに口を挟めない。

『今までもそういうヤツ一杯いたから別に気にしねーって感じだったし』



滔々と紡がれる言葉はじくじくと胸に刺さるようだ。

最近は、前ほど劣等感を感じなくなったけど、今だって俺はコイツをばっちし意識してて、言い換えりゃそれは十分コンプレックスにもなりうる訳で。



真正面からそんなこと聞かされて、気分が良い訳がない。



それでも田島の真意が知りたくて、必死に冷静を保って全神経を集中させる。



『実際、本当どーでもよくて』



言い放つ言葉とは裏腹に、田島の表情は硬くなるように見えた。

それが俺の憤りに待ったをかける。



再び口をつぐんだ田島の顔はどこか苦しげで、

いつも開かれている眉間には微かに皺が寄っていた。


そしてそれを隠すみたいに額に手をあてた。




近くにいたはずの田島は、いつの間にか俺から1m程離れて立っていた。

さっきまでしゃんとしていた背筋は、少し丸まっている。


苦々しげに髪をおさえる田島に俺は何も言えない。




何でオマエがそんな顔すんだよ。


その態勢になりたいのはむしろ俺の方で、






開いた小道に風が吹き抜けて、田島の短い髪を揺らす。


澄み始めた、冷たい秋の風だ。




『俺』




俯く田島の顔は見えない。

でも、心なしかその声は震えてるように思えた。





『俺も、そうだったんだ』


そう言って唾を飲み下す。
何のことかわからなかったが、口を挟む気はおきなかったので田島の言葉を待った。


俺も、って何だ?









『俺が欲しいモン当たり前みたいに全部持ってて、スゲー悔しくて』




『そう思う自分もスゲー悔しくて』




下を向いたままの表情は読めない。



『初めてだったんだ』



息巻く田島の声は段々大きくなっていく。



実際に大きくなったのか、そう聞こえるだけなのか、俺には判別できない。



周りは驚くほど静かで


どくどくと脈打つ音がやけに生々しく聞こえた。




『だから』




俺よりも高めの声が、鼓膜を震わせる






『ありがとな』






田島とまっすぐ目が合った。





その真っ黒な目に反射した光が星座のようにキラキラして、



まるで、頭上にある空のミニチュアみたいで。







全く予想に反する言葉とか
まさか田島がそんなこと思うなんて、とか
錯綜して言葉を失ってる俺に、田島は声を出さずに笑った。



それは効果音がついても

可笑しくないほどの笑顔で



こういうのを、花が咲くようなと
言うんだろうかなんて


戸惑う傍ら、他人事のように思った。







『はぁー、スッキリしたぁ!!』


『うぇ?』



突然大きな声をあげた田島に
俺は間抜けな声で返事する


『いやーなんっかモヤモヤしててさー、スゲーヤだったんだよね、』



だから言えて良かった!とまた笑う田島に
俺は完全に置いてかれている。




意味がわからない。





『たじ…』


〜♪〜〜♪♪




問おうとしたその時、
俺の声が能天気な電子音とかぶった。


電話ではなくどうやらメールのようで、
田島は画面を開いて何やら操作している。


その顔がやたら嬉しそうで




何か、ちょっと








(って、ちょっとってなんだよ!)


浮上しかけた感情に盛大に首を振り、
打ち払うように話しかける。



『なに、メール?』


『おー』


『顔すっげニヤケてンけど、
そんな嬉しいメール?』


『ああ!』



そうしてまた、さっきの笑顔。




なんだよ、もう。




一通り打ち終わったのか
背後からぱちん、と
携帯を閉じる音がした。


『ワリーワリー。もーかなり遅いし早く帰ろーぜ!』





言われて携帯を開けば、

時刻は0時を回ったあたり。



オイオイ明日だって朝練あんだぞ…
一体どこまで遠くに、







いや、ここはまぁ近所だ。

じゃあそもそもあれは結構遅かったのか?



何でわざわざ





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