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09:あれに、続きはない




少し昔の話をしようか。

ほんの少し前。まだひと月も経ってはいない。


話さずにはいられない、劇的な出逢いがあった。




























「そういえば陛下。」


幼なじみでもあり、軍の大佐としても特に信頼のおけるジェイドが思い出したように、そういえば、と続ける。

ここは、水の都グランコクマだ。



「ん?何だ、ジェイド。」


可愛い可愛いブウサギたちを愛でながら、とりあえずは尋ねてみる。

ジェイドは、含み笑いを浮かべながら隣で話す。


「学者が話していたのですが、ケテルブルクでまた例の観測ができるかもしれないそうですよ。」



例の観測。
それを聞いて目を見開き、ジェイドの方へと顔を向ける。


子どもの頃に一度見た、あの忘れられない光景。

あれを見た後、ジェイドやサフィールに言いふらしたものだ。



「本当か!?」

「はい。ですがあくまで可能性ですからね、その日に太陽が見えなければ無理ですよ。……陛下?どこへ行くのですか。」



いそいそと椅子から離れ、メイドたちに何かを申しつけてここから出ようとしている。


「当たり前だろう、見に行くんだ。」


当の本人はケロッと答えた。

仮にも一国の主たるものがそう易々と行動を取って良いものかとジェイドはため息をつく。


が、これも幼なじみたるゆえにわかりきった事で、ピオニーは言い出したら何としても行く。

つまり、止めても無駄なのだ。



「…まったく…。あぁ、陛下ー。」

「…何だ。」


ジェイドがお茶目な声で呼びかける。
絶対何か言われる。こちらがぐさりとやられる言葉を。































「はぁ…。」吐くため息が白い。

それを目で追う先の空も白い。

懐かしい冷たさに身震いする。



我が故郷、ケテルブルクだ。








『いい加減人の妹に手を出すような真似はしないで下さいね?』



とびきりの笑顔で言われた言葉にもう一度ため息をつく。


「ジェイドめ…。」


確かに、ピオニーはジェイドの妹のネフリーに恋をした。

それは初恋だった。


実ることは無かったが。



だがそれでも、また会いたいな、とは思ってしまう。

例のあれも、実はネフリーと一緒に見ようと思って来た。



ま、別に手を出すような真似じゃないから良いだろ。


そう思い直して街中へと進む。










ネフリーはケテルブルクの知事をしている。…別にむげに扱われることなど無いと思うが。




そんなネフリーの住む家までの近道をずいずいと歩く。


この辺は、人が少ない。
だから気を緩くして進んでいた。







そしたら、不意に現れたのだ。



一人の、……あれは女性だろうか。

少女と呼んで良いものか。二十代ぐらいの女がいた。




真っ先に目がいったのは、髪だった。


まわりに溶け込んでしまいそうな薄い銀色をして、それがさらさらと流れていた。そして雪国育ちの透き通った白い肌。


濃い深緑の目は、愛おしそうに目の前の十字架を見つめていた。

十字架のそばには花まで置いてあった。



あの大きさは人では無いだろうが、何故だか無性に話しかけたくなった。





「それは、誰の墓なんだ。」



突然話しかけたにも関わらず、その人はゆっくりとこちらを振り返った。

2つの深緑がこちらを見上げる。


「ずっと、一緒だったの…。私、置いていかれちゃった。」



そう話す人を見て、ああ、こいつ一人なのか、とわかってしまった。

親は?などと無粋な質問はしない。


最近までマルクトは、キムラスカと戦争をしていたし今だってどちらかと言えば冷戦状態だ。


それが原因で、親をなくす事が多い。



「…すまんな。」口を突いて出た言葉は謝罪だった。



何で、何を謝ってるんだ、俺は。

目の前の人もきょとんとしている。



もしかしたら病死の可能性だってあったろうに、…って、何の話だ。


気にするなとは言ったが自分でも無理を言ったと思った。

正直、俺ならめちゃめちゃ気になる。


「貴方は一体…?」

言葉を続けようとしたが、無理だった。



白い景色の向こうから、何人か走ってくる姿があった。

実は、護衛などつけずにここまで来ている。


「げ、追ってきやがった!」

あいつら、ようやくこの道を発見したらしい。


「お兄さん、追われてるの?」



まぁな。と、言葉では返さなかった。

さてと、さっさと逃げますか。


逃亡態勢をとったそのときだった。


「お兄さん、こっち!」


ぐいっと引っ張られた腕。


2人の逃亡劇が、始まった。




























最終的にたどり着いたのは、家だった。彼女の家らしい。



スリルある鬼ごっこにひとしきり笑った後、彼女は名乗った。というか、俺が聞いた。


セツカ、というらしい。

その名前を聞いて、妙に納得してしまった自分がいる。



「…お兄さんは?」


ぎくり。

確かに、タイミング的には聞かれると思っていた。思ってはいたが…


ピオニーと名乗ったら、彼女はどう思うだろうか。


驚くか?怒るか?引くか?
この際どうとでもなれ!


「……俺はピオニーだ。」


しかし彼女の反応は違った。



「ピオニーさん、良いお名前じゃないですか。」


─────は?

口に出そうになったが何とか押し込める。


こいつ、俺の名前を聞いてもわからないのか…?





言うべきか、悩んだ。


俺、実は皇帝陛下だぞ。

……だめだ、…やめよう。



それに彼女も、“ピオニー”として俺を見てくれている。

それならば俺も、“皇帝”ではなく“ピオニー”として彼女と接したい。












それからちょくちょくと彼女のもとを訪ねた。


初めは色んな事が新鮮で楽しかった。

“ピオニー”として見てくれているから新鮮なんだと思っていた。


…が、なぜか段々と違う想いがつのる。

彼女のもとを訪れる度に、徐々に。
まさかと思ってはいたが、本当にまさかだった。




いつのまに……


そう思いながら、例のあの日を迎え、あの光景がまた見れた。



本来なら、隣にはネフリーがいるはずだったのに。

そのつもりで帰ってきたのに。



会ってまもないセツカと並んで黄昏のケテルブルクを見て、確信した。





─────俺は、セツカが好きだ。







仕事で会えない時にものすごくわなわなした。


自分でもなぜかわからなかった…わけではなく、大いに自覚していた。



だけど、年も離れていれば、こっちは皇帝なんて身。反対されるに決まってる。

……セツカにつらい思いはさせたくないな…。



そうは思うが、例のあの日が終わりグランコクマに帰らなくてはいけない。しかももう明日に迫っている。


ここを発つのはギリギリまで延ばした。

言おうか、言わないか悩む。


伝えたい。けれど、伝えて良いものか。




そう思っていた矢先、セツカが熱を出してダウンした。


昨日様子がおかしかったのは、これだからか?

思いながら看病した。雑炊も、何とか上手く出来たらしい。



セツカに薬を飲ませて寝かしつける。濡らしたタオルを額にのせて。



食器などの後片付けをして、ベッドサイドのイスに座る。


寝顔は少し苦しそうだった。

いつか見た寝顔とは大違いだな。


なぁ、頼むから、早く元気になってくれよ。



セツカは呻き声をあげて眉間に薄いしわを寄せて、薄く口を開いた。

消えそうなくらい小さく紡がれた言葉を、聞き逃すはずがなかった。








「───ピオニー、…どう…して貴方は、…皇帝、なの。」



「──────!」






息が止まったかと思った。



は?えーっと…え?


何でだ?何で知ってるんだ?


ちょっと待て。ちょっと待てよ。



なぁおいセツカ。ちょっと起きろって。


─────何でお前が、俺を皇帝だと知っている。







そして同時に一気に不安になった。


皇帝として接するようにはなっていないだろうか。

きちんとピオニーとして接してくれているだろうか。



これからも、ピオニーとして接していくべきか。





その答えが知りたくて、つい家を出てしまった。





















「…というわけなんだ。」


来てしまったのは、ネフリーの家だった。

ネフリーがちょうど家の前にいたので話もその場で聞いてもらっている。


セツカの話を聞いたネフリーは、どこか嬉しそうだった。



「良かった…。貴方にそんな人がいて。…そうね…。セツカさんはいつ知ったのかしら。」

「それがまったくわからん。…言っておくが自分で言いふらしたわけではないからな。」



いろんな話をしたが流石にそこまでは喋っていない。


「…遅かれ早かれ、その時は来るものね。ピオニー、やっぱり言うべきじゃない?」

「……そう思うか。」

「えぇ。日も無い事だし、愛しい相手なら隠し事は無しで接するべきだと思うわ。…結果、彼女が離れてしまっても。」

「そうだな……。」





離れてしまっても。


確かに、とてもつらいがセツカにはその権利がある。



言おう。すべて話してしまおう。


「ありがとな、ネフリー。助かった。」

「ふふ、どういたしまして。頑張ってね、ピオニー。」




やっぱり、初恋の人はいつまでたっても変わらない。

本当に、感謝する。









────ピオニー、貴方はどうして皇帝なの。




いつだったか、ガキの頃に読んだ本でそんな事を言っていた。



確かに俺は今、身分違いとやらの恋をしているのかもしれない。


……だから何だ。


人を好きになるのに、身分なんて関係あるものか。





なぁセツカ、

あの物語の最後を覚えているか?































結局、2人して死んでしまう結末。

本当に、幸せだったのだろうか。


あの物語のあの先、






死んだ先で幸せになるなんて、誰が保証してくれる?





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