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08:零れ落ちた雫を



ドアをノックする音で目が覚めた。

…ちょっと寝過ごしてしまったらしい。




昔々の夢を見た。

懐かしい、何であんな夢を見たんだろう…



むくり。体を起こす。

何だかとてつもなく体が重い。
あんな夢を見たからかな。


とりあえず、ノックされているドアのもとへ行こうと足を踏み出す。……が。




ふわり、ふらり、安定しない足取りだ。



あ、何だこれなんか懐かしい感覚。




何年ぶりかの感覚と戦いながらノックのもとへたどり着く。

「…はい…。」出した声も意外と枯れていて自分で驚く。


ドアを開ければ、愛しい愛しい想い人の姿が目に入った。


「ピオニー…!おはよう。」

「よっす!……セツカ?」

「…ん?」




呼ばれた自分の名前に反応する。
ピオニーはスッと腕をのばして私の首筋に触れた。


「セツカお前っ…、熱が…!」

「え、熱?」


どうりでふわふわするかと思った。……じゃなくって!


「だっ、大丈夫だから!何ともないから!」

まさか昨日言ってた事が本当になるとは思ってなかった。
…けどやっぱり、これくらい我慢できる。



「昨日も言ったろ!…看病する形なら、まだ話せるしな。」


ピオニーも昨日の事、しっかり覚えていた。



「でもそれって、ピオニーが損だよ。…迷惑かけちゃうし。」

ただベッドに寝転んだまま、相手を頼るだなんてそんな迷惑他にあるだろうか。


ピオニーは短くため息を吐くと、

「迷惑かけろ。こんな時くらい俺に任せとけって。…今まで世話になったからな。」



最後の言葉が、これ以上ないくらいに深く突き刺さる。

きっとそんな意味で言ったわけではないと思う。…けど、悲しい。


「セツカ、頼むから休んでくれ。な?」


真剣な眼差しでそんな事を言われてしまえば頷くほかなかった。

























「セツカー、タオル勝手に出すぞー。」


姿は見えないものの、部屋の向こうからピオニーが叫ぶ。
もうタオルの置き場所は把握してあるらしい。いつのまに…。


私はというと、ピオニーに支えられてベッドまで行き、寝かしつけられた感じだ。

もったいないから、寝るなんて絶対にしないけど。



それにしても、

熱を出すなんて本当何年ぶりだろう。

どうしてこのタイミングなんだろう。


どちらかと言えば、ピオニーと出会う前の方が不健康な生活をしていたはずなのに。

誰かに看病してもらうだなんて、本当に、久しぶり……。



「具合はどうだ?」

ピオニーがお盆とタオルを抱えてベッドサイドに置かれた椅子に座る。


「大丈夫だよ。…なんか不思議な感じ。」

「ふはは、何だ、俺に世話されるのはそんなにおかしいか?」

「んー…それもあるかも。」

「おいおい……。」



しょぼんとしながらタオルをお盆の水に浸し、絞る。
それを私の額にのせて、のせた上からポンポンと手をおかれる。


「…しっかり休めよ。元気が一番なんだからな。」


優しい声で、表情でそう言われて胸がきゅう、と締め付けられる。

たまに見せられるこの男気がたまらない。
これが年の差なんだろうか。



「ふふ、ありがとう…。ピオニーはうつらないでね。」

「よほどの菌じゃなかったらな。」



2人で顔を見合わせて笑う。

実は少し照れくさくて、布団を鼻の下までかぶっていたのは秘密。
















「ピオニーは明日…いつここを発つの?」


悲しいけれど、明日ピオニーはケテルブルクを去ってしまう。

お見送りしたいけど、させてくれないだろうな。



「ギリギリまでいることにした。…発つのは夕刻だ。」

「じゃあ朝はまだいるんだ。」



少しくらい、話す時間はあるのかな。



「それで…だな。」

「?」

「明日、また寄って良いか。ここに。」




ピオニー…
今、私も同じこと考えてたよ。


もちろん、答えはYES。


























よいしょ、とピオニーが腰をあげる。


「…ピオニー?」

「そろそろ昼だ、何か食った方が良いだろ。」

「…えっと?ピオニーが?」

「………悪いか?」




つまりは、ピオニーが何か作ってくれると言う事だ。

ピオニーが。




「エプロンの着方わかる?」

「任せろ!一昔前の俺と一緒にするなよ。」


にやりと笑い、グッと親指を立てる。
……大丈夫…、かな…?




「鍋とか材料適当に使うぞー。」なんて言いながら部屋を出て行ってしまった。


私も行った方が良いのかな、と思ったけどベッドにとどまることにした。



せっかく作ってくれるなら、ピオニーに甘えてみよう。

なんやかんや、嬉しかったりした。



















ピオニーがその手にミントンをはめて湯気の立ちこめる鍋を抱えて再度部屋に入ってきたのは、数十分後だった。


「病人にはこれ、と聞いたぞ。」

中身はお粥だった。
いや、お粥というよりは雑炊、かな。


中に入ってる野菜の切り方が何とも彼らしい。

そして何より。


「お、多いね……。」


鍋の中でなみなみと米が存在していた。
これだけを私が食べきれるだろうか。


「ああ、気にするな。俺の分も入ってる。」


ああ、なるほど。……病人と同じ鍋から食べて大丈夫なの…か?





ピオニーが作ってくれた雑炊は、温かくて、(というか熱すぎてやけどしました)本当に優しい味だった。


そう伝えるとピオニーは、ふふんと得意そうな顔をして自分も嬉々として食べていた。



食べ終わって、薬も飲まされて一息つく。


「ふぅ…。ごちそうさまでした。」

「セツカ。」

「なに?」

「でこ、でこ。」



ちょいちょいと指で呼ばれて顔を近付ける。

と、ピオニーがずいっと近くなって額と額がくっつく。



「──────っ!」


顔から火が出そうなくらい赤くなったのが自分でもわかった。

ついでに、息も止めてしまった。


さっきは、朝は、首だったじゃない!


心の中で葛藤をしているうちにピオニーは離れていった。


「あがったな、熱…。でもま、食ったし薬も飲んだし下がるだろう。」


あとは少し寝とけ、そう言われて私は拒む。


「…寝たくないよ。せっかくピオニーがいるのに…。」


ピオニーは器用に片眉をあげると、椅子をベッドに近くした。



「あのな…。そんなんじゃ治るものも治らん。大人しく寝とけ。」

「でも…。」

「寝ーとーけー。これは俺の命令だぞー。少なくともセツカは3時間くらい寝とけ。」



目の前を大きな手で覆われてぐいぐい枕に押し付けられる。

ピオニーの命令かぁ…。それって勅令なんじゃ……。


そんなの、逆らえようがないよね。



そうでなくとも確かに食後でもあり薬の副作用でもあり、眠気はやってきていた。


体が望むまま、瞼を閉じてみればいつの間にやらまたぷかぷかとどこかへ意識を飛ばしてしまっていた。
























────嬉しいんだよ?

こうして、看病してくれる人がいることは。

こうして、頼ることのできる人がいることは。


それが想い人であれば尚更に。




いつかどこかで読んだ童話。

身分違いの恋。
その本のように悲しい結末は迎えたくないけれど。











───ピオニー、どうして貴方は皇帝なの。























***


















目が覚めた。正直、眠りすぎて頭が痛い。


夕陽がさしかかっていたから、3時間以上寝てしまっていた事は確かだ。





体を起こしたと同時に落ちた乾いたタオル。


それが視界に入ったと思えば、家の中のひんやりとした雰囲気に少し震えた。




「…ピオニー…?」



呟いた声に返される言葉はなく、しんしんと雪が降る音だけが聞こえた。



「ピオニー?どこ?」


ベッドから抜け出して家の中をまわる。


1人で暮らすには広いが、全体は見渡す事ができる家だ。

ピオニーがいないことはすぐに確認できた。





何でかはわからなかったけど、私はピオニーを探しに出ることにした。

少しばかり厚着をして暖かい格好で外に出る。


いつもの雪の冷たさが肌に染みてピリピリとした。




















ざく、ざく、ざくり。

沢山の足跡と同じようにまた新しい足跡を刻み進んでいく。


この大きさは子供たちのだろうか、とかベビーカーの後に刻まれた二組の足跡とかを見てピオニーを探す。

あの明るい金髪を探すのは簡単だろう。
きっとすぐに見つかる。


何を根拠に思ったのか、わからない。









今まで足を踏み入れたことのない貴族街にきた。


ひとつひとつの建物が大きくて、つい声がもれる。

ピオニーも、この辺に家を構えていたのかな…





一つ目の曲がり角をまがる。


ちらりと見えた金色。




いた、あれだ。寒さでかちこちの頬が緩む。


「…ピオ……。」


声をかけようとして、固まる。




ピオニーは、1人じゃなかった。


楽しそうに、嬉しそうに、愛おしそうに笑うピオニーの先には、

ハニーブラウンの髪が綺麗な、メガネの女の人がいた。


その人もまた、同じように笑いながらピオニーと話している。











大きく胸の中で弾ける何かがあった。


ピオニーは、表情が豊かだ。

それゆえに表情ですぐにわかる。


ピオニーのあの表情の訳がわかるような気がして、でも気付きたくなくて、

すぐに曲がり角を戻って近くの物陰に座り込んだ。










───ピオニーが帰郷したのは、あの人のため?

あの人に、会うためだったのかもしれない。



たまたま出会ったのが私だっただけで。
初めからピオニーの視線はあの人にあったのかもしれない。



もう一度、何かが胸の中で弾ける。





























貴方の隣にいるのは、私で良いの?

本当に貴方を束縛しているだけの私なの?






ぬぐい取ってくれる人は、誰もいない。





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