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06:深い闇の夜に眠る




ねぇキリア、私、難しい恋をしてるんだ。

皇帝陛下相手の恋愛なんて、聞いた事ないでしょう?


だって私はごくごく普通の、ううん、それ以下だって自覚できる身分で。

自分の国の主の名前を聞いてもわからなかった。

陛下の名前はピオニーって、言うんだって。


確かに最初聞いた時に驚くよね、向こうは。

そりゃ何事だって話だよね。





でもね、ちょっと期待してる事もあるの。


名前言われてわからなかった時、
その後の会話の時、

ピオニーは自分の事を言わなかった。


それって、ピオニーも同じ事を思ってたって考えても良い?



ねぇピオニー、貴方の気持ちが聞きたい。























「おはよう、ピオニー。」

ドアを開けた向こうの先、1日ぶりの顔を見てほころぶ。


おはよう、と挨拶はしたが時間はとうに昼を過ぎている。



「何だか久しぶりな感じがしちゃうな。」


まんざらでも無い雰囲気を醸し出しながらいつものようにテーブルに座る。

そうしたらまたいつものように向こうの席に座ってくれた。


「たった1日なのにな。セツカは昨日何してたんだ?」


……うっ。

一人頭の中で、ピオニーを満喫してました。
いろんな意味で。


なんて言えたら、どんなに楽か。


「昨日…は、えーと…。ちょっと体調悪かった気がしたからずっと寝てたよ。」

これが一番無難な答えかな。


「悪かった気がした…ってな…大丈夫なのかオイ。」意外にも真面目な顔だ。

「大丈夫大丈夫。私、体だけは丈夫だし、寝たらすっかり良くなったから。」

「本当だろうな…?」


ああ、嘘とはいえ心配されるって何か嬉しい。…失礼かもしれないけど。

だって少なくともその瞬間は私の事を考えてくれてるって事でしょう?




それに。


「それにね、もし具合悪くてもやっぱりピオニーが来てくれてたら我慢すると思うな。」

「頼むから休めそういう時は…。」

「だって…今は少しでも話してたいんだ、よ?」


これくらい言ったって構わないはず。

一緒に、いたいんだよ。




ピオニーはしばらく無言で綺麗な髪を掻いた後、ぽつんと言った。

「別に話はできるだろう。セツカを看病しながらその隣で。」

なるほど。確かに。


…って、そうじゃなくて。



「何だか話逸れちゃったね。…ピオニーの方は?仕事、大丈夫?」


答えは聞かずともわかってしまった。

かすかに眉が動いた。



「昨日の晩、また目を通さにゃならん書類が増えてな…。今日は少し早目に出るぞ。」

「そっか……。」


今日ももうそんなにいられないのか。

もうお昼過ぎちゃってるし、早目に帰るって言ってるし、ね。



───陛下なんだし、仕方ないよ。

そう思える自分が、凄く悔しい。






「───セツカ?」


不意に呼ばれて、顔をあげた。
視線がピオニーとぶつかる。


「ん?なぁに?」

「…何かあったのか?」


その声はさっきのものよりもさらに心配を含んでいて、それは顔にも表れていた。



ひそめられた眉。

上がっていない口角。

きり、と長細い目。


心ばかしか、声のトーンも低いような気がする。



「……え?」無理矢理にでも笑顔を作って返す。

意味は成さなかったけれど。



「無理に笑おうとするな、…分かる。やっぱり昨日何かあっただろう。」


何かあったのか?

じゃなくて、
何かあっただろう。……か。


確信を持たれてしまった。どうしよう。



「ほ、本当に何でも無……。」

「嘘だな。」

「き、今日は何する?」

「まずは昨日の話を聞かせてもらおう。」


どれだけ必死に取り繕ってもピオニーはまるで聞いてくれない。

ずっしりと構えて、視線は微々たる動きも見せずにこちらを向いている。



これはいよいよ話さないと進まないだろう。

……でも。



「………ゃ。」

「ん?」

「…いや。今は、言いたくないの。…また今度言うから。…今は、…ごめん。」


私が知ってしまった事をピオニーは知らない。

“ピオニー”として私と接してくれてる。


でも、だけど、話してしまったら?


『ピオニー、皇帝陛下だったんだね。』


その先はどうなるの?

あと2日待たずとして行ってしまうの?


この関係は、切れてしまうの?



そう思うと、怖い。怖くて、とても言えない。




「うわ、冷た!」


何かが手に触れて、瞬間ピオニーの声。

先ほどの雰囲気はどこかへ行ったらしい。



「ピ、オニー…?」

「んな捨てられた子犬みたいな顔してんなって。わかったから、な?」



そしてもう片方の手で頭を撫でられた。
まるで小さな子供に言い聞かせるみたいに。



それがくすぐったくてふわりと笑った。

「………うん。」









その日、結局あんまり話も出来ないままピオニーは帰っていった。











うん、大丈夫。


大丈夫。





繰り返し、目を閉じた。







一人だって、心の中には貴方がいるから。





あきゅろす。
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