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05:残り僅かな時間




『あと4日でグランコクマに帰らなきゃいけないんだ。』



そうピオニーに言われたのは昨日。

「……はぁ…。」無意識に出るため息はもはや止めようもない。


昨日、あれから帰って来てずっとこんな感じ。


机にひじをついて顔を支えて、特に何を見るわけでもなく視線をどこかへ向けてため息をつく。



ピオニーは一昨日と昨日、2日も“暇をとってきた゛らしく今日は流石に仕事をしなくちゃいけない…らしい。


ケテルブルクには里帰りって聞いていたけど、そんなに仕事が溜まってるのかな。

まぁ仕事の話なんて、聞かせてくれないけれど。



…そういえば私って、ピオニーの何を知ってるんだろう。


たくさん話をしたとはいえ、ピオニーは自分の生い立ちや家族、仕事の話はしない。

私が知ってるのって、歳と今グランコクマに住んでるって事とケテルブルク出身、ぐらいしか無いんじゃあ…?


結局あの日、追いかけられていた話もしてくれないし。

追いかけられる立場って何?


犯罪者…では無い。うん、絶対違う。

もしそうなら私なんてとっくに被害にあってる。





暇な午後を有効活用。…とでも言うのか、頭でずっと何か考えを張り巡らせていた。





そうしてその考えは、はたとあるところへたどり着いた。



─────貴族?


そうだ。そんな階級の人たちもいたんだ。



ここ、ケテルブルクにもいくつも大きな屋敷があるし、グランコクマなんて特にそうだ。

皇帝陛下のお膝元、貴族が優雅に暮らしている。


…“暇をとってきた゛って言うのも、何だか納得出来る言い方だ。

そう思うとピオニーの行動はいくらか当てはまる。



エプロンの着方までわからないくらい料理をしない。───つまりは屋敷にお手伝いさんがいるから。

暇をとってきた。───ピオニーは家の主人で2日の休みを取った。

何をするにも生き生きと楽しそうな表情。───それを培う生活をしてきた。




………だけど。


やっぱり、追いかけられていた理由はわからない。

貴族の主人って追いかけられるの?


よっぽど仕事してない、とか?

ううん、でも今日はちゃんと仕事してるはずだし……。


ああ、ますますわからない。











……あと3日、かぁ。

あと3日したらピオニーは貴族の生活に戻る。

こんなところに数日入り浸ったって、すぐに忘れちゃうに決まってる。




…私の事なんて……。










ゴツン。



ひじで支えていた顔を、おでこを机にぶつける。



ああ馬鹿馬鹿馬鹿。

そんな思い張り巡らせたって、何も状況が変わらないじゃない。




ふと、時計を見たらまだ3時を過ぎただけだった。


ピオニーがいない1日、こんなに退屈で、こんなに長く感じるなんて。



自分一人、どうやって過ごしたら良いの?


会いたいよ、ピオニー…。









***














コンコン。



目を閉じてピオニーの事を考えていたら、芯のあるドアの音がした。


ピオニーかと思って勢いよく立ち上がる。

……が、何だかピオニーでは無いような気がした。


言うと変かも知れないけど、気配が違う気がした。

ピオニーの気配なんて知らないけれど。




だとすればここへ訪れる人は誰?










「はい……。」


ガチャリ、ドアを開けた向こう。



そこには何とも美しく直立した2人の男性が。

あまりにもまっすぐ過ぎて少し違和感があるぐらいだった。



私に近い手間の男性が後ろの男性を見た。


「…間違いはないか?」

「はい。確かにこの方です。」


そのきびぎびとした喋りは、軍を思い出させるようで。


今、私の何を確認されたんだろう。



「…あの…?」


何か悪い事をした覚えはないけれど。

あ、まさか昨日のあそこ、私有地だったとか?



「失礼、少々お話させて頂きたい事が。…お邪魔してもよろしいでしょうか。」


これまた面倒な時に面倒な事を。

…なんて思ったけど口に出すものではない事くらい、わかってる。


「………どうぞ。」






















結局、テーブルのところに座ってもらった。

お茶を出すべきだろうかと考えていたら、向こうの方から制止されてしまった。


そして私も、2人の向かいに座る。




「あの、お話って…。」

「ああ、失礼しました。私、マルクト帝国軍第1師団所属ギスト・モーヘル大尉と申します。こちらは同じく、ノース・アイロ少尉。」



今さらご丁寧に自己紹介をされた。……え?帝国軍?


「…私、何かしましたか…?」


不安を大いに含んだ声色で尋ねる。

軍の人がわざわざ家に来るくらいの事をした心当たりは皆無だ。



「私達もまどろっこしいのは嫌いです。───単刀直入に言わせて頂きますね。」


にこやかに話していたギスト大尉がキリッと締めた。






「我が主君をこれ以上締め付けないで頂きたい。」




「────え?」



無意識に聞き返していた。


今、なんて?




「貴公も知らない訳では無いでしょう…。まぁ知らなくとも無理はない環境でしょうが。」



何、なに、なに?

何を言っているのこの人は。


何を知らない?知らない訳が無い?



知らなくても、仕方ない、環境って……どうして、そんな事。



「失礼ですが貴女の素性は調べさせて頂きました。我が主君に大事あっては困りますから。」

「我が、主君……って…。」



次の言葉を促した。


聞きたくは無い答えを促してしまった。




「我が主君、ピオニー・ウパラ・マルクト九世皇帝陛下だ。」









時が止まった気がした。


呼吸までが止まってしまった気がした。



知りたくない。


知りたくなかった。




知るとしてもそれはピオニーの口から聞きたかった。





「わかって下さるだろうが、貴女は無意識に陛下を縛られている。…皇帝陛下の名を、貴女が背負われるとは思えない。」



言われている事はわかっている。

聞きたくなくても耳が音を拾ってしまっていた。





ギスト大尉は、静かに立ち上がりドアへと足を運ぶ。それに続くノース少尉。



ドアに手をかけ、出ていく瞬間にもまた、耳は音を拾う。



「────早く荷をまとめてどこへでも行くと良いでしょう。…それともあと3日、自らで陛下を解放して下さいますか。」





そうして、重苦しくドアは呻き閉じた。



























しばらく放心状態に陥って、結局もう一度整理すると共に考えてみる事にした。


我ながら何て冷静なんだと思う。



でも、今の私にはそれしか出来ない。






────ピオニーが皇帝陛下だった。


人生でこんなに驚いたのは、初めてかもしれない。

しかもそれが、現在恋い焦がれる人だなんて。



確かに客観的に見たら、皇帝のピオニーと貴族でもないこんな私は釣り合う訳が無い。


当たり前な事実を当たり前に受け止めてしまった自分の心に少し絶望感を抱きながらまだ考えを続ける。



ならばやっぱり、貴族として考えていた出来事は、解けなかった謎は全部全部、皇帝だからなんだ。




仕事の事なんて言える訳がない。

グランコクマに住んでるのだって当たり前だ。


なるほど、追いかけられるはず。陛下が軽々と1人で行動されたら軍の人はひとたまりもない。




……私に初めて会った日に、申し訳なさそうに謝った事も。



全部全部全部、ピオニーが皇帝陛下だったからだ。




──…でも、どうして?


どうして、初めに私に言ってくれなかったの?



頭に残ったのは、たった一つの謎だけだった。











……でもね、私決めたの。




釣り合わないって言われたって、

あと3日でお別れだったって、

この想いが伝えられなくったって、



私はピオニーといたい。





だって私が出逢ったのは、ピオニーだから。






















私に許された、








ありのままで、恋がしたい。





あきゅろす。
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