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04:誰も知らない




薄い空の光が窓から入り込んできている。

雪雲の向こうから太陽が照らしているらしい。



「…ん……。」うっすらと目をあける。

若干痺れた腕の下には無機質なテーブルがある。


ああ、そうか。昨日ここで寝ちゃって…。



ぼんやりしていた視界がはれてくる。


目の前でばっちりと蒼い瞳と目が合った。

それはもうばっちりと。



「─────っ!!?」

その刹那、言葉にならない声をあげ、ガタタと音を立てて椅子をひき蒼から遠ざかった。


その蒼が笑う。



「はははっ!何もしてないぞ!」

「ぴ、ピオニーか…。」



蒼の正体にホッとしてもう一度席に着く。


「いやぁ、早く起き過ぎたかと思ったが良いものが見れたな。」

にかにかと笑いながら話しかけてくる。


どうやら昨晩と立場が逆転してしまっていたらしい。

い、良いものって……そんな、…ねぇ?


恥ずかしくなって視線を下におとす。


さっき立ち上がった時にずり落ちたらしい毛布が転がっていた。

「あれ…?これ……。」


いつの間にか寝てしまっていた訳だから毛布をかぶる暇もなかったはず。


「ん?あぁ、目が覚めた時にちょっと寒かったからな。そっちのソファに掛かってた毛布を拝借したぞ。」


それを私にかけてくれたんだ。

「ありがとう。」にこりと微笑んで言う。

そしたら、ピオニーからはどういたしまして、ともっともらしい返事が返ってきた。




















朝食の片付けをしながら私はピオニーに尋ねてみた。


「…今日はどこに行くの?」お皿を棚に片付けながら言う。

するとピオニーは何とも何とも楽しそうに「着くまでの秘密だ!」なんて言いながらテーブルをふいている。


でもとりあえず、ケテルブルクからは出ないらしい。

何だかすごく、楽しみだ。


…こうわくわくするのってピオニーにのせられてるのかな。

でもやっぱり、楽しみだ。

























それから準備をして、家を出たのは昼前だった。


今日は太陽が出ているとはいえ、やっぱり雪は降っているし肌を突き刺すような寒さも変わらない。

少し厚着をしておいて正解だった。



「それにしても本当に良かった!やはり運が良いなセツカといると。」

「え?」

軽快に雪道を歩きながら機嫌良くピオニーが話す。


運が良い?天気のことかな。


確かに、いつものケテルブルクは分厚い雪雲に覆われていて今日のように太陽の光が届くなんてめったにないことだ。

ピオニーはそのことを言っているのかな。




進むに連れ少しずつ道が荒くなっていく。

すでにコンクリートの地面ではなくなっていたし、積雪量も増えてきている。


「……きゃ…っ!」

短く悲鳴をあげて盛大にしりもちをついた。


油断してた…ちょっと歩幅大きくて重心崩しちゃったかな…。


冷たいお尻をあげようとするが、目に見えるようにつるっと滑ってまた転ぶ。

今度のはちょっと痛い。


「大丈夫かセツカ。この辺りは坂になってたりするからな。」

先にいたピオニーが戻ってきて私に大きな手を差し出す。


私はその手とピオニーの顔とを見比べて、ぎゅっと掴んだ。



私も雪国暮らしなのに、何か情けないぞ。

自分の中でそう悪態をつきながら支えられて立ち上がる。


手はそのままで、また歩き出した。


……手………。


お互い掴んだままの手を見つめながら歩く。




さっきより緩やかなテンポの歩幅。

それとは正反対にぎゅっと掴まれた右手。

そこから伝わるぬくもり。



自分たちの置かれたこの状況を客観的に見て、またふわりと笑った。












***













家を出てどれくらい時間がたっただろう。


しばらくのあいだ歩き続けて実は結構しんどかったりする。

雪道は、なめちゃいけない。


「えーっとピオニー…?」

「もう少しだ。あとこの坂のぼるだけ。」

この坂、としめされたのは。


───…これ…坂?


と、つい突っ込みを入れてしまうようなほど傾斜が高く、坂をのぼるというよりはもうロッククライミングに近い。

これ、のぼるのか…。


最後の最後に大きな壁が目の前にそびえ立った。



しばらくその壁(ピオニーは坂って言ったけど)を見つめていると、隣から焦りの声がした。


「うわ、時間がないぞ。セツカ、早く!」

そう言ってスイスイとのぼっていくピオニー。


なんて軽やかな身のこなし!


私だって負けてられない。
私の方が若いんだから!


いろんなものを掴んで体を支えて重力に逆らって上を目指した。






最後はピオニーが引っ張り上げてくれて、私は壁を制覇した。


「っはぁー、間に合ったー!」

「…はぁ、はぁ…。ここ…どこ?」


2人してその場に座り込んで息を整える。

何が冷たかろうがそんなのはもう関係ない。









「セツカ、ほら。」





「──────っ!」








しめされた方を向けば。










一望できるケテルブルク。

その街の向こうに、雲の向こうの太陽が沈んでいく。


最後の光を照らさんと太陽は雲間から黄昏の光の筋を放射線状に放ち、

黄昏がケテルブルクを包み込んでいる。




降り続いている雪も、

屋根に積もった雪も、

空に薄くはった雪も、



何もかもが黄昏ている。






こんなケテルブルク、今まで見たことがなかった。


生まれてから今まで、ずっとこの街にいたのに。













言葉にならない感動を受けて、自分の街を見つめる横で、また、自分の街を見つめるピオニーが言った。


「昔この街にいた時、…また逃走中にな、たまたま見つけたんだ。」


その日もこんな天気だったという。



たまたま道に迷って、

たまたまこの坂の上にのぼり、

たまたまこの時間に見たのだ。



この素晴らしい景色を。




「いつかまた絶対見てやろうと思ってな。…今度は誰かと。」

「ピオニー…。」



横目で見たピオニーもまた黄昏に染まっていて、まぶしくてうまく表情が見れなかった。


「セツカ。」




ぽつり、つぶやかれたように呼ばれてもう一度ピオニーの方を向く。



「俺は…あと4日でグランコクマに帰らないといけないんだ。」


























────何を、言われたんだろうって思った。


グランコクマに、帰る。




あぁ、そういえばこの人は帰郷しているだけなんだ。



自分の生活に、帰る時が来ちゃったんだ。


あと、4日。



それが、タイムリミットなんだろうか。



「……そっか。」


何て返したら良いかわからなくて、こっちもぽつり、つぶやいた。



もっと早くに気づけば良かった。


昨日気が付いた自分の心。



でもだからって、私に何ができたんだろう。



黄昏は一瞬で、すぐ向こうからは闇が迫ってきていた。



















その場所で、






その心の中で、涙を流した。






あきゅろす。
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