01:優しいぬくもり
いつでも一緒にいた、いつまでも一緒だと思ってた猫のキリアが死んだ。
真っ白な雪の上で、雪のように白いキリアが、雪のように冷たくなって横たわっていた。
そしてその雪のようなキリアを、冷たい冷たい雪に埋めた。
上には小さな十字架を。
その傍らには綺麗な花を。
雪の降り止まぬ街、ケテルブルク。
私の生まれ育った街。
今日もキリアに花を持っていこう。
誰もいない家を出る。
父さんは戦争に行って、帰ってこなかった。母さんはいつの間にかいなくなってしまった。────キリアは、雪になってしまった。
「おはよう、キリア。」真っ白な息を吐く。
何もかもが真っ白な街。私はとても好き。
「とうとう一人になっちゃったか…。」誰に言うわけじゃあないけれど。呟かずにはいられなかった。
私は、一人ぼっちになってしまった。
「それは、誰の墓なんだ。」
しゃがんでいた後ろから投げかけられた言(こと)の音。
驚く事もしないで振り返った。
そこにいたのは、真っ白な街には対照的な褐色の肌を持つ金髪のお兄さん。
周りの景色と交わらなくてつい見つめる形になってしまった。
「ずっと、一緒だったの…。私、置いていかれちゃった。」微かに笑って答える。
その答えだけでこの人は、私が一人だって気付いたらしくて今度は見つめられる形になった。
「…すまんな。」「……え?」突如、謝罪をされる。
私、この人に今日初めて会ったと思うんだけど…どうして謝られてるんだろう。何かされた?
「あ、いや…わからんな、何でもない。気にするな。」
難しい顔をして、金髪を掻いて、少しばかり目線をそらす。
「貴方は一体…?」
お兄さんの正体を聞こうとしたら向こうから人が数人走ってきていた。
…何だか慌ただしい…
「げ、追ってきやがった!」
「お兄さん、追われてるの?」
逃げなくちゃいけない何かがあるのかな。…あんな大勢から。
そう話しているうちにお兄さんはまた逃亡態勢をとる。まだ逃げるつもりなんだ。
「お兄さん、こっち!」「うぉっ!」
立ち上がり腕をつかんで走り出す。
何せ真っ白な街だから、あの道この道を通ればまくのなんてちょちょいのちょいだ。
適度にまいたら、無機質の家に入る。
**
「お前、意外と早いな…」
少しばかり肩で息をしながら言われる。…そうなのかな。
これまた突然お兄さんは笑い出した。
「……あの?」
「いやぁ、あのスリルのある逃げ方といったら…くく、あんなにワクワクしたのは久しぶりだ」
本当に楽しそうに笑う人だなぁ。
ちょっと、うらやましい。
「助けてもらって悪いな、お前名前は」
「私も聞こうと思ってました。セツカっていいます。…お兄さんは?」
私も聞き返す。すると、少し答えづらそうに呟くように言った。
「…俺はピオニーだ」
どうしてだろう。変な名前じゃないのに。
「ピオニーさん、良いお名前じゃないですか」
「セツカお前……わからない……いや、何でもない」
「?」
何だかさっきもこんなやり取りがあったような気がする。あれ?
「セツカはここに住んでいるのか」
ピオニーさんがあたりをぐるりと見渡して言う。
「はい。…私一人で暮らすにはちょっと大きいですけど」
「………」
すぐにお茶入れますね、そう言って台所に立つ。ピオニーさんの表情は見えない。
「こっちもセツカって呼んでるから普通で良いぞ」
「はーい、じゃあピオニー」
何だろう、こうやって会話するの久しぶりかもしれない。
1対1でじっくり話す機会なんてなかったからかな。
「じゃあ追われてる理由は聞かせてくれないんだね」
「ああ…。まぁいずれな」
お茶を片手に色んな話を聞いていた。
ピオニーの年齢は35歳(意外とおじさまだったんだなぁ)で、今はグランコクマに住んでて、ちょっと里帰り中。
仕事の事は聞けなかったけど、心配しなくても大丈夫みたい。
「セツカはあまり世界情勢は気にならないのか?」
「んーん。そんなことないけど…毎日生きるのに必死だったから仕方ないかなって」
女一人で暮らすには、ちょっと苦しい世の中だから。
世界を知る前に、1日をどうやって生きていくか考えなくちゃ。
ピオニーは視線を下に向けてお茶を飲みながら聞いていた。
***
「よし、そろそろ帰るか。茶、うまかったぞ」
「そっか。大丈夫?まだ追っ手いたりしない?」
「はは、セツカがまいてくれたんだろう?」
すくっと立ち上がって玄関に向かう。
「もう行っちゃうんだね…」
ピオニーが行っちゃったら、また一人。
「セツカ」
呼ばれたと思ったら、頭を掻き乱された。
「わわ、な、なに?」
「また明日な!」
そう言って、にかっと笑った顔は太陽みたいにみえた。
また…明日?明日も会えるの?
そう思うと、こっちまで笑顔が伝染してしまった。
「また…明日ね!」
寒々しい世界、無機質な家に灯りがついた。
それはあなたの
優しいぬくもり
それがこんなに、暖かいだなんて。
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