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声が聞こえなくて、驚きましたか?
小ばかにしたような響きが鼓膜ではなく脳に直接響いた。その瞬間に警笛はいっそう大きな音を鳴らし、シェリルは嫌でも理解する。

ランカは自分の心を自由に操り、望んだものだけを見せ聞かせることが出来る。上辺だけでなく、けれど本心を少しも晒すことなく望んだ自分をシェリルのような相手にも見せることが出来るということを。

「綺麗な人だなって思ったのは本心ですよ?」

そしてランカもシェリル同様、人の心の声を読めるらしい。

会議の内容は少しも頭に入らず、かといって会議はなにかを話し合うものではなく決まりきった事柄に各国代表を同意させるということを目的にしたものだったらしく議題はすんなりと解消された。
公務の一切を拒否し続けたシェリルが会議に初めて参加したということで会議の後は自然と親睦会という流れになっていた。
シェリルとしてはそんなもの丁重にお断りしたかったが、ランカに誘われるとどうにも断り辛く、首を縦に振る他無かった。

飲酒は慣れていた。
寒さに耐え忍ぶには酒を飲む必要があったからだ。王宮で暮らしていたシェリルには必要のないことではあるが、シェリルには国の血が流れている。

少しは酔うのも楽しいですよ。
わかりやすく顔を赤らめながらゆっくりとした口調で他の代表と話すランカは端のテーブルでグラスを眺めるだけのシェリルにそんなことを伝えた。
振りをしている相手にそんなことを言われたくないと顔を上げれば、ランカに何かを囁かれたウェイターがシェリルに微笑んで新しいグラスを渡してきた。嗅ぎ慣れた香りのその液体は、雪の国で作られたものの証。不信感がないわけではないけれど、躊躇う理由もなかったシェリルは一気に中の液体を飲み干し、意識を失った。

次に目が覚めた時には、本当に自分が起きているのかということを疑った。辺りは一面真っ暗で、自分の手すら見えない。下が柔らかく、ベッドかなにかに寝かせられているのだろうか。
指で肌に触れれば確かに感覚があるのだから、起きているのだとは思うのだけれど此処は何処なのだろう。

「目が覚めたんですね」

光と同時に聞こえた声はランカのものだとすぐに理解する。
自分を閉じ込めたのもランカなのだろう。
けれどその目的には、まったく見当がつかない。

「一国の代表を閉じ込めたのはどういう用件があってのことかしら」

じろり、と値踏みするような視線をぶつけてみるも、ランカは一切気にしないというように話し始めた。

「用件、そう、用件!
代表としてのシェリルさんに興味はなかったんですけどね、わたし、シェリルさんに一目惚れしちゃったんです」

夢を語るような乙女の笑顔。きゃあ、言っちゃった!シェリルさん可愛い可愛いよ!なんて妙にテンションの高い心の声は薄暗い雰囲気を一気に入れ替えるように響いた。

「わたしと同じなんだろうなってすぐに分かりました。分からないかもしれないけど、シェリルさんからそういう雰囲気というか、オーラみたいなのが出てるんですよ?
だからわざと声を二重にして話し掛けてみたんです!わたし、シェリルさんとお話ししてシェリルさんがもっともっと好きになっちゃいました。だからずーっと此処に居てくださいね」

太陽が海に沈むように、笑顔がランカの顔から消える。
会議室に現れた時と似たような感覚だ。
ランカには二つの顔があるように思える、けれどどちらもランカなのだろう。出会って間もないけれど、何故だかシェリルにはそう思えた。

「シェリルさん、国の人達によく思われてないみたいですね。さっき聞きましたよ、ダメですよあんなに簡単に内情話しちゃうような人を連れて来たら」

別にシェリルが自分で付き添いを選んだわけではない。第一政治に関わるような立場の人間など、グレイス以外交流のある相手が居なかった。

そんなシェリルの想いに気付いたのか、ランカは少しの間沈黙したが、再び話し出した。

「あんな国なんてすぐに壊します」
「随分物騒なことを言うのね。他の連中に聞かれたらどう言い訳するのかしら?」
「そんな必要ないですよ。代表を拉致したと根も葉も無い疑いを掛けてこの国の名を貶した。」
「あたしが居なくなったくらいであの国が動くかしらね」
「内部で消える分には問題にならないかもしれませんね、でもわたしの国を良く思ってない国はすぐに騒ぎ立てると思いますよ」
「あなたはそれでなにか得でもするの?」
「この国のみんながもっと楽しく暮らせるようにしたいんです。もちろん、他の国の人も。国家統一したいんです、わたし。それで、その隣にシェリルさんが居てくれたら最高です」

歌うように理想を掲げたランカの顔はどこまでも真剣に見えた。
真剣に、歪んでいる。

けれどその歪みはどこか心地よく、どこか清々しささえ覚えた。

美しく、気高い。
目的の為に手段を選ばない。


それは探していた誰かにぴたりと当て嵌まるのではないか。

「良いわよ、」
「随分簡単に了承しちゃうんですね、取消は受付ませんよ?」
「女に二言は無いわ」

シェリルはベッドに腰掛けたままにひらひらと手を動かしてランカを呼ぶと、近付いて来たランカの手の甲に唇を寄せた。

それは自らを仕留めるに相応しい高貴な者への忠誠の証であった。



END


あきゅろす。
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