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教義 飛段


どのように表現すれば、眼前に展開されるこの酷い有り様を正確に伝えられるだろうか。仮にもし、それらが可能だとしても、それらを視界に捉えた刹那に溢れた私の感情の揺らめきを表現することは到底、無理に違いない。ともかく、その酷い状況で自身の血に塗れた右手を差し出して甘い言葉を囁かれた女は返答に迷っている


「…あんたと同じことやったら、私は死ぬのよ」


「なら、手を繋いでくれりゃいい」


袖を引っ張られて、仰向けに寝転ぶ男の子の傍に座らされる。続いて手を握られ言葉も無くせば、彼は自血で囲った領域の中心で安らかに瞳を閉じる。胸に突きつけられた長い槍が地面と垂直に、彼を支えとして立ち尽くしていてそれに向かって膝待つく私が神に祈りを支えているように見えこそすれ、どうしてこの男が祈っているように見えようか。これでは生け贄にしか見えようがない


(あぁ。帰りたい)


たった一人。やっと完成した不死身の人間が獣のように人を殺すだけの子供なのだから笑える。ジャシン教の人間からすれば、それこそが望みなのだろうから、優秀作と言っても良いのだろう。生憎、私はそれらの概念には固執しておらず、ただ研究者として本質を興味を持って追っているだけにすぎない。にもかかわらず、優秀作は意味もなく獣のように直感で私をお気に入りにした


(ただの子供のように)


人を殺し、それを私にも強制してくる。母親、などという捉え方では到底推し量れない、理解を越えた存在に私は据え置かれている。この間は儀式の際に私に槍で心臓を貫けと言ってきた。忍でもない人間ではあったけれど、研究の中で似たようなことはいくらも行ってきたから、要望に応えてみたものの何も得られることは無かった


「…よっ、」


祈りの時間が終わったのか、身体を起こし槍を抜く動作は見慣れている。だからこそ返り血を浴びぬように素早く離れれば不満そうな表情を浮かべられ、不本意な印象を受ける。そんな彼と旅をして、のらりくらりと殺戮を繰り返して回っている


「この先に川が流れている。さっさとそのナリをなんとかしないとね」


「捨てていきゃいいだろ」


「そうやって何着も無駄にするから裸同然の格好になるんでしょうが」


頭を抱えながら旅をするのも慣れた、けれど。少年を連れ歩くのは人目につき、安息することはない。まぁ、ただ、それは出会う度に殺戮されていく人々の方が何倍も当てはまるのだろうから訴えはしない


「腹減った」


「あー…、少ししたら村があるから、適当にやっちゃって」


「適当には無理だ。全員、ちゃんとやる」


あー、はいはい。それがジャシン教のモットーだったね








教義
(汝、隣人を殺戮せよ)



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あきゅろす。
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