先が見えない シカマル
「姫様」
呼ばなくたって分かってる。急かすように言わないで欲しいのよ、私は
「今行くわ」
立ち上がると、普段よりも軽装な為に逆に身体がふらついた。この男みたいな格好で私は嫁に行く訳ね。馬鹿らしくて涙も出ない
今年で16。大名家の女として生まれたからには嫁ぐのは当然。家と結婚する、つまり家の力を拡大させる。問題なのは嫁ぐという移動でそれを邪魔しようとする他の大名家に雇われた忍が私を殺しにくること
(だからって、男装までさせられるなんて)
影武者は半日前に出発した。それを囮にして、それでもまだ忍を私につけた父の用心深さに苛々する。そこまでこの結婚を上手くいかせたいのか。それならばいっそ死んでしまいたい私なんて見えないその眼を潰してやりたい
「あなたが護衛の忍ね」
城の裏口から出て、同行する忍の男と顔を合わせる。まだ顔も知らない男の元に嫁ぐって、今会ったばかりのこの男と結婚するのと何ら変わらないことなのかしら。少なくとも事実上はそうね
「行きますか、姫さん」
「その姫さん、っていうのは止めて頂戴。まさか私の名も知らずに任務を受けた訳じゃないでしょう」
「いや……すんません」
眉を下げ謝る男。これが忍?あぁ、耐えられないかも
「名前、そう呼びなさい。会話で正体がバレるなんて嫌ですから」
「じゃ、遠慮なく。行きますか、名前姫」
「アナタね…」
冗談です、と少し笑う顔に呆れる。その険しい眉で冗談を言うなんて、私がよっぽど可哀想に見えるのかしら。少しでも気を紛らわそうとしているのならドン引きだわ
(私の情けなさに)
そうして歩き始めて数時間。山をのぼり息を切らす私と対象にポケットに手を入れて欠伸をする忍。チラッと横目で見られて目が合う。あ、ピアスをしてる
「休みますか?」
「いいわ。野宿なんて、したく、ないから」
「でもこのペースだと野宿決定ッスよ」
「っだから、休まないの!」
逆ギレ気味に声を荒げた私を見て、それからどんどん険しくなる顔
「っち、まじかよ…面倒くせぇな」
「?何言って…」
バッと手で口を塞がれて木に押し付けられる。ここまで異性と密着したことのない私は必然的に胸をドキドキさせる
「忍が近くにいる」
「む」
嘘、どうして。囮が殺られたということ?そんな、私の護衛はこの男1人なのに。もしかしたら、ここで死ぬのかしら
(それも本望ね…仕様のない)
「名前、目を閉じてろ」
ふわり、心地よい体温が私の周りから消えた。その直後、少し離れたところからうめき声が聞こえてきた
(まさか…でも、大丈夫よ、ね)
風に乗ってくる血の匂いに震える身体を膝を抱える事で耐えさせる。これが、こんな死に方は駄目よ。でも、死は仕様のないこと
(そうよ、落ち着きなさい…私)
「大丈夫っスか」
「ひっぁ!な、急にあ、現れないでっ」
突如の声と存在に身体は驚く。そうか、こんなにも死に怯えている。私は結局そうなのね。なんて情けない人間。どうして護られているのかしら
「クク…大丈夫ですか」
笑いながら血の匂いを漂わす男に顔がひきつる。この人はそういった世界で生きていて、これが当然。なら私の当然は
「…大丈夫よ」
自覚のあるブスッとした顔をした私と、それと対象に冷静な忍。嫁ぐ城まではそう遠くない
「囮が使えなくなってんなら先を急がねぇと危険です。ほら」
背中を向け膝を曲げる忍。おんぶ、なんて
「っ仕方ないわね!」
嫌々背中に乗った割に、私はそのまま寝てしまった。また襲われる可能性があったというのに
そこは温かく、血の匂いは私と彼を繋げているようで。その現実を越えた時間にずっと居たかった。この人の隣はさぞかし幸せであろう
「…ん………姫さん」
「……何」
ぼんやりと開けた視界に映る大きな城。そうか、もう着いたんだ
「…降ろして」
その言葉に従いゆっくりと私を背中から離した忍と対峙する。もう、この人とは二度と会えない。会おうと日時を決めたとしても、その頃まで生きてるかどうか
「お待ちしておりました、名前姫」
背後では嫁ぎ先の従者。だから、そう言って私を急かさないで欲しいのよ
「じゃあ、俺はここで」
「えぇ…」
名すら、知るのも躊躇うほどに
先が見えない
(名残惜しい背中とか、戸惑いとか)
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