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08 清濁の丘


雨上がりの雲間から射す陽の匂いにつられるように徐々に人々の数が増えていく。雨宿りを終え、商店街には往来する影が踊る







08 清濁の丘








里に入ってから、寄り道もなく向かう一連の所作は作業に近い。自分が監視対象であることが分かっている以上、仕方のないことだと割り切ってはいたが


(臆することがないのか、おくびにも出さないのか)


私の少し前を歩くダルイさんの背中は先ほどの冷たい熱を思い出させるだけで、見える横顔には変化がない。敵国、という訳ではないが多くの因縁がある里に足を踏み入れているということに慣れているのだろうか。同盟もない、この里に足を入れる理由が間接的にとはいえ、私だというのだから妙な気分だ


「はじめまして。私は五代目火影の秘書のシズネと申します。遠路よりご足労いただきお疲れでしょう。先に宿へ案内いたしますので」


「どうも。三代目雷影の補佐官のダルイっす。お心遣い痛み入ります…が、成るべく早く五代目に渡したいものが」


「承知しております。ですが、五代目も職務の都合がありますので」


火影の職場であり、外交の場にも用いられる建物につくやいなや。出迎えたシズネさんの表情は一辺倒で笑みはない。ダルイさんも、言葉選びが意図的に雑なような気がする。空気がいやに張りつく


(五代目に渡したいもの、今回の送迎の理由か)


善意などあろうはずもない。分かっていてもこうして無為に突きつけられると、なけなしの希望とやらも体裁がない。私にはどういう経緯でこの状況に陥ったのか、その意図を知るに価する立場がないという事実が作為すらなく響く


「お前はこっちだ」


感傷に耐える暇もなく、ゲンマは私の背中を少し押して行く道を促す


「あ、うん」


どのような理由があるにしろ、私をここまで運んでくれたダルイさんにまともに声をかける間もなく、少しの会釈でもって視界から外れる


「体調は」


進む先は決まっている。だからこそ、ゲンマは決まった言葉をかける。いつも、変わらずにこの廊下を辿る度に、決まった調子で


「うん。問題ない」


だから私も決まった言葉を返す。それを強要していることも分かっているのに、なぜ伺うように装うのだろう。いつまでも子供扱いだろうか


「…ここで待つ」


そんなことを察してか、頭に手を置くゲンマは背中を押しはせず、私が何か言うならばそれを受けるとでも言わんばかりで


(でも、別に、言うことなんてない)


「行ってくる」


初めて向かった時には長く、不安に感じた道のりは今となっては存外短く、ゲンマが出入りすることのできない門に着く。重いと感じたこの扉も慣れれば大したことはない。とはいえ軽いという訳でもない


「こちらへ」


そうして開いた扉の先にはこの里の周囲に常に張られている感知結界を展開する式が起動されている。常に停止することのない、燃費の悪いこの術式を我々の一族が設置したのは木の葉の里が設立するよりも前に遡る。うちは一族に与していた我々の一族は、わずかな休戦協定の期間にこの地を奪われた


(名目は何だって良かったのだ)


「始めます」


補助式の一部、本来はチャクラを貯める用途の水晶に触れる。元はここから質の高いうちはの忍のチャクラを貯め、複雑な機能をもったこの結界を展開していた。それを機能ではなく、範囲に特化させたのが黎明期の木の葉において土台を固めたとされる二代目。千手扉間だ


「っ、い…!」


全身に回る痺れに視界が点滅する。ただの通過儀礼だというのに、慣れることはない。次いでやってくるのは全身の倦怠と激しい頭痛。膝をつきそうになるのを耐え、更に迫る吐き気に終わりを悟る。いつもこういう症状だから、周りも準備をして見守ってくれている


(これは、誰にでもできる作業ではない)


「、え」


だからこの身に降りかかる全ても、誰にでも起きることではない。それを知らしめるかのように、比較的傍の術師がか細い声を喉から捻ったあと、後退りをする。いつもの終わりとは違う、それは際立った変化だった


(頭から神経が削ぎ落ちる)


「ナマエ様!」


ここには忍よりも我々一族より手配された人間が多い。故にあの時計を動かした私の血の意味知っている。その血が唯々諾々と流れる様に焦り、手を差し伸べる様子は視界に映るものの、身体はまだ水晶から剥がれない。熱い、途切れる間際の熱を離せない


(駄目だ。私には触れちゃいけない)


辛うじて向けた視線を敏感に感じた術師が私を支えようとした人間の動きを咎める。止めれば何が起こるか、想像できないことを想像したのだ。私と同じように


「五代目に連絡を!医療忍者の手配をすぐに!」


ようやっと水晶を手放しに出来るようになる頃、木偶な身体が自身の流した血溜まりに横たわった。温い、その感触がやけに張り付いたのが最後、視界から霞みが消えいつもの場所に意識が飛ぶ


『久しいな。我が血族の後継者』


そうして一族の歴史の中で最も強く、そして最も争いを生んだ忍の思念に飲まれる。この女性が千手扉間に反旗を翻した故に、私たちは


「雲隠れの里にまで展開なされていたのですね」


『ああ。あそこはあいつが不相応にも同盟を締結しようとした里だったしな。ま、あちらの忍が暗殺を企てているというので譲ってやったのだ』


「…あなたが居なくなられて、あの結界を使える者はおりません」


『お前がいるだろう。木の葉なんぞに与せず、その力を自分のものにしてみてはどうだ?』


疑いもなく、争いの火種になれと言い試すように笑う。その姿はいつまでも凛と高く、成したこととはおよそ正反対に、清くある。それが眼前の人間の魅力なのだ。嫌気がさすほどに


「ご冗談を」


『冗談?かつて、マダラを懐柔した結界が手に入るというのに、興味をそそられないということはないだろう。貴様が行っているのはそういうことだよ』


諭すように、この偉人は私を見透かし己が意図を迫る。それらが本当に嫌で嫌で





(一族の破滅をこの人間のせいにしてしまう歴史の意図を、勝手気ままながらに知る)



あきゅろす。
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