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06 耳鳴りと共に


雨が落ちる様は結界式を思い出させる。等間隔で並んだ、いわゆる秩序を感じさせる滴がどこか親しみを感じさせるのと同時に、激しさを象徴する大きな音はそれらを乱して止まない


「止みませんね」


背後から声がし、振り向くと先程の私と同様に空を見上げたダルイさんが隣に立つ。流石、としか言いようがないのだが、もう体調も戻って忍服に袖を通していて、私からは左腕の"雷"の刺青が見える。その左腕はポケットに突っ込まれていて、右手で頭をかく姿はよく見掛けている彼の癖のような仕草だ。彼から視線を外し、再び見上げた空はやはりいつまでたっても曇天のままで、これではまるで私が木ノ葉へ戻ることを妨げているようにも思える。雨が止み次第、とゲンマが告げてからもう2日が過ぎていた


「よくこんな天気に?」


「いえ、滅多に」


含みを持たせた言い方にはこの人らしさ、が出ていて悪くない。それはおそらく、彼の思考が巡り続けている証拠で、根は生真面目である事を表しているようで好感が持てる。何かを言いたい、ような表情はすがっているようにも見えて少し可笑しいけれど


(隠せない、のだなぁ)


それはおそらく、個人的なことなのだろう。忍は任務においては誰もが別人になったかのように自身を鉄の掟で縛り、その一切を表に出さない。それが忍の資格とでも言いたげなほどに厳格さを保っているのは世界が酷く醜い安定を有していることの証明だ


「このまま木ノ葉に戻れないのなら、それはそれでいいのかもしれません」


そうすれば、まだ残っている結界の処理もできる。私の本質が達成され、思い残すことなく後でこの地を去れるというものだ。とはいえ、あの人が残した結界を処理してしまった以上、一度は木ノ葉に戻らなければならないのは確定事項なのだけれど


「…この間はすいません。シーが失礼を」


「いえ。我々一族は表では中立を謳ってはいますが、実際は木ノ葉から多大な支援を受けて成り立っているのが現状ですから。シーさんが仰っていたことは間違いありません」


「それで木ノ葉の忍がわざわざ」


なるほどね、と言わんばかりに目を反らすのはゲンマの態度が気に入らないからだろう。やはり、存外分かりやすい


「彼は、謂わば里と我々一族とのやり取りを任された忍です。里では彼を私の支援者と呼びます」


「支援?」


不思議そうに首を傾げ、覗き込むように見下げる目は少し垂れていて気だるそうな印象を受ける。その一方で、視線は揺れることなく私を見ていて、真っ直ぐな芯を彷彿させる。雷影の右腕と言われているだけ、雰囲気があって興味深い


「一族のなかでも木ノ葉からの要請に応える人間は極少数です。それら数人には里から忍が世話役として割り当てられます。今回の様に、私に問題が起これば駆け付ける、結構面倒な役回りです。ゲンマは私が幼少の頃からの付き合いですが、今も相変わらず小言を言っています」


それも慣れてしまって、初対面の頃など遠い遠い昔のことだ。そういえば、ゲンマはどこにいるんだろう


「随分、親しい間柄で」


共に見上げていた窓に背を向け凭れ、腕を組み私と対峙するダルイさんと目が合う。髪に隠れている左目がちらりと覗いて物珍しい感覚を覚える。そういえば、この人は私とこのような会話をしていて大丈夫なのだろうか


「まぁ…いざというときには頼れる人ではあります」


(口が悪いのは直してほしいけど)


「みたいっすね。さっき、ボスを黙らせてたんで驚きました」


思い出しているのであろう表情が穏やかなものだからびっくりする。確かにゲンマは頭が切れ、言うべきと判断したことに関しては相手を選ばず通す人間だが、その態度を快く受け取る人間はそういない。まして、第一印象は決して良くはなかったはずなのだ。それでもそのように評価するのは彼らが同類の人間であることを暗示している。本質を達観視することが出来るのだろう


「それは、また」


随分と微笑ましくて笑ってしまい言葉が続かない。まだ雷影と揉めているのは仕方のないことだし、それもゲンマの仕事だとも言える。それを評価するのが他里の人間というのは有難いものだ


「ナマエ」


心なしか弱った雨音に乗っかって、ゲンマの声がして振りかえる。手招きをされたので、私はダルイさんに一礼して彼の元へと足を進める。なぜ笑ったのか分からないであろうダルイさんが複雑な顔で眉をしかめていたので、後でフォローしておこう


(別に、このままでも構わないのだけれど)


「話は終わったの?」


「いや、」


ややこしいことになった、と表情が語っているのだが、当の本人はそれ以上はなにも語らない。そもそもがそういう人間というのもあるが、私にはそれらの情報が不必要であることの方が大きい


「里に帰る。今すぐ準備しろ」


「今から、って…雨は止んでないけど」


「問題ない。雲隠れの忍がお前を運んでくれるそうだ」


とん、と頭の上に手を置かれ振り向かされるとそこにはダルイさんの背中があった。どうやら、その忍というのは彼のようである。どいつもこいつも面倒なことばかり考えやがる、などとゲンマにしては珍しい小言が聞けたということはこの道のり、穏やかには済みそうもない






耳鳴りと共に
(また雷鳴が轟いた)






あきゅろす。
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