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03 無闇
(※)あなたのその腕で の続き


目が覚めて、視界に入ってきたのは私の荷物だった。用意されていた部屋に置いていたそれでもって、自身がいる場所を把握する


(…頭が痛い)


私にしては余りある勢いで結界の解除作業に取り組んだものだから身体がその反動に追いついていないのだろう。思考が緩い。体は重い。なにもかも怠い


「あ」


思考の先にダルイさんの姿が現れる。私もすぐに気絶してしまってそのままだが、ダルイさんはあの後どうなったのだろう。彼は病院で今も眠っているのだろうか。だとしたらお見舞いに行って謝罪をせねばなるまい


「…」


思考はいつもいい子を気取るが、行動を伴わせることは苦手だ。そうでなくとも今は体が思うようには動かないし、後回しにしたい気持ちになる。それはそれでいいんじゃない、と私の中で一言が落とされればまた瞼が落ちてくる。今はどれほど眠っても足りないような気分だ。あの結界はそれだけのものだった、ということだろう


「すんません、ちょっといいっすか」


ぼんやり、無を浮かべて空を支配しようとした矢先。頭の上から声がして私は思わず飛び起きる。それでやっと体はそれほど重くもなかったことに気が付く


「だ、ダルイさん…」


「どうも。勝手にお邪魔してすいませんね」


一日二回、様子を見に来てるもんで…と曲がった背筋を伸ばす気はなく、それどころかさらに助長するように曲げる仕草は何処か懐かしい。その感覚は正しいような気がするから、私の頭は一気に混乱する


(そうだ。この人がここにいて私の様子を見に来るほど、回復しているわけがない)


「…体調は大丈夫なんですか」


「あー、まあ、存外丈夫なもんで」


視線を下に、頭を掻く姿は数日ではあるが確かに私が接してきたダルイさん本人に見えるが…


(忍ならそれぐらいの仕草の真似は何てことないだろう)


で、もし目の前のダルイさんが本人でなかったら?


「ところで、今日は何日でしょうか」


目の前の彼はその答えを探す様子もなく、視線を一点に留める。それを知らないということを誰にも明かしてはならないことを知っているような雰囲気を醸し出す、こんな人形を私はよく知って育った


「今、天気は晴れていますか?」


「なぜ、そんな事を」


「答えられないんですね。ダルイさん」


「…」


答えられない。なぜか。それはどこまでも簡単なこと


「本当に巻き込んでしまってすいません。時間を見失ってしまっているんですね」


純粋に私の言っている事が分からない様子で、子供のように私を見る彼はまだ意識がしっかりと残っているようで安心する


「ダルイさん。私は時間を持っています。今日は雨が降っていますよ」


手を取り、瞳を合わせて言葉を紡ぐとダルイさんの体が一跳ねする。覚醒したかのように、ダルイさんの表情は焦りを取り戻す


「なに、が」


「大丈夫です。ここはそういう世界なんです。ダルイさん、私にも言葉をください。私は何を見失っていますか?」


言葉をかみ砕くのに時間がかかるのか、ダルイさんは暫くじっとこちらを見据えて黙っていたが、やがて息を飲み口を開いた


「俺はこっちです」


後ろから声が聞こえ、振り向けばそこに困った様に微笑むダルイさんの姿が見え、それからすぐに視界は闇に包まれた







無闇
(結界の弾けた音が響いた)





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