01 結界崩壊少女
明日は恐らく雨だろう、とどこからか聞こえてきた声を内に留める。洗濯物は回収しておかないと、と思いつつ商店街を回り買い物を続ける。貴重な休みではあるが、家の掃除や家事、明日の仕事の準備をしていたら一日などすぐに過ぎてしまう
「雨か、」
足元には気を付けていかないといけない。明日は少し遠出をする予定がある。同行してくれるという忍にとっては危険な道ではないのだろうが、私には必ずしもそうでないとは言い切れない
(とりあえず、今日の夕飯を食べてから備えることにしよう)
「そこの姉ちゃん、どこから来たんだい?」
この里の人間でないことがすぐに分かるのは私の肌の色もあるのだろうが、それにしてもここは皆が皆の顔を覚え尽くしている。それだけ、元来ここは閉鎖的な里であるということだろう。そして、忍里ならそれが当然のことなのだ。私の住んでいる里が特殊なだけで
「私は少し特殊な仕事をしておりまして、依頼を受けこちらの里に参りました。今日で1週間になります」
「それはご苦労なこった。すると、あんたは旅でもしているのかい?」
「はあ…まあ、そういったところです」
本当のところは木ノ葉の里より数里ほど外れた火の国内に実家があるのだが、実際、里から里へと行き来していることが多いのは事実なので、曖昧な返事になる。それに特定の忍里から来ました、なんて言ったら正体を怪しまれることになるのは目に見えている。実際、今も確かに特殊な仕事だ、と訝しげに見られている。しかしそれも目立つものではなく、里内に入れている以上は最低限の怪しさは取り除けている、ということのようだ
「聞いたところ、明日から厚い雲が暫く停滞するらしいからよ。気をつけていきな」
「御親切にどうも」
これは、思っていたよりも雨が私の足取りを邪魔してしまうようだ。今日、行ければ良かったが、依頼人の都合もある
「あのー、すんません」
両手に夕食の材料を抱えたままの私が振り返る姿は、少し間抜けにも見えたかもしれない。この人に接して1週間、気を遣うのは私が緊張を緩和することが出来ずにいるからだろうし、同時にそれを許さない鋭い視線をたまに向けてくるこの人のせいでもある
「ダルイさん」
「どうも。本当は今日は休んでいただきたかったんすけど、うちのボスが今日にするって言いだしまして」
大柄な体格に反してか、申し訳なさそうな表情がなかなかに印象に残る。私としてはよくあることなので特に気にすることもないし、それよりももう少し警戒を解いてほしいと懇願したい
「そうですか。荷物を置きに帰りたいので少し時間を頂いても?」
「構いません。お供しますよ」
ああ、そういうのはいいのにな…と思うと同時にあまり待たせる時間もないのだろうと察する。ダルイさんのボス、すなわち雷影様は雷の如く癇癪持ちだと聞いている
「ありがとうございます。急ぎますね」
さりげなく荷物を持ってもらい、私たちは足早に商店街を抜ける。私は忍ではないが、仕事に関連するのが忍である以上、それなりには体力を備えている。そして、やはり私の仕事にも体力、精神力は多大に必要となるため、これぐらいの申し出には動じることもない
(雨の日に行かなくてよかった)
寧ろ、感謝したいくらいだ。チラリ、とダルイさんを覗き見るとなんとも言えない、険しい顔をしているので可笑しい。これがこの人の普段の顔、ではないのだろうというのは分かるが警戒されたままの自分にはこの人の素顔など想像すらできない。こんなことを考えている暇はない、と頭をリセットして息を飲む。この里は道があまり整備されておらず、岩肌がむき出しになっているところも少なくないから手こずる
(とりあえず、要る物はすべて鞄の中に入っているはずだし、それは大丈夫だとして…)
「あ、」
「どうしました?」
おもわず声をあげてしまい、ダルイさんがこちらを向く。私もダルイさんを見た
「お聞きしていた情報では、今回の結界は特殊時発動型の結界でしたよね」
「そうっすね。かれこれ70年もの懐古結界」
「懐古結界というのは条件が整わないと解が困難な強力な結界なんです。時間の経過で弱っているとはいえ、それは必須です。そしてあの手の結界は解除する際に必ず光がいるんです、が今はもう夜になります…ですから通常、朝方に行うことが多いのですが」
「はあ…なるほど。それって、こういうのでも代用できそうっすかね」
バチ、と鼓膜が一際震えるような大きな音が私の耳に入ってくる。次に感じたのはつい目を閉じてしまうほどの強い発光
「雷、ですか…!」
その勢いに圧せられながらも正体に目を凝らす。ここは雷の里、にしてもこれは珍しい。黒い雷とは
(血継限界の類だな)
「あんま、長いのは勘弁なんすけどね」
「そこは少しばかり頑張ってもらわないといけないかもしれません」
「…際ですか」
疲れたような、疲れる事に疲れているような返事はこの人特有のものである事はなんとなく感じてはいたが、ここでもそれが発揮されるのかと可笑しくなる。じゃあ、なんで自分から提案してきたのだ、と問いたい。任務なら仕方ないけれど
「少し待っててください。すぐに準備しますので」
部屋の前でダルイさんに待ってもらい予めある程度まとまっていた荷物を背負う。今回の仕事はこの滞在お中でも最も重たい仕事だ。少しばかり不安にもなるが、そういう時こそ基本を頭の中でおさらいする。私の長所はこの堅実さだと自負している
「お待たせしました」
「いえ。それじゃあ行きましょうか」
「はい」
依頼人はかなり厳重な人で。この里を守ることに必死であり、他里の管理下にある私を受け入れるのも本意ではない。しかしそれでも私を受け入れなければならないのは私たち一族が特殊な知識を持ち合わせていること、そして更には五大国間の暗黙であることにある。幾度にも及ぶ忍界大戦の負の遺産として残っている厄介なものは幾つもあり、誰もに影響を及ぼしてしまう大がかりな罠は未だ各地に残っている。その中で私が専門とするのは結界を利用したもの。簡単には解除できないようにと工夫されているそれを解除するにはかなりの専門性が必要とされる。私の一族がそれらの知識を長年かけて引き継ぎ持ち合わせていることこそが今回の全ての始まり
(簡単に言えば、里周辺に残る地雷の撤去をお願いしたい、ということ)
「さっさと向かうぞ」
待ち合わせられた場所に着くと依頼人、もとい雷影に冷たく対応される。地雷を撤去、という依頼…などと言えばまるで雷影が火影に頼んだように聞こえはするが、その実際は交渉の結果である。お互い、持ちつ持たれつの関係の駒に私が使われた、ということで、丁寧な対応など期待できないし、あり得ない。ダルイさんに警戒されるのも当然のことだということだ
(毎度、気を張る)
「…すんませんね。色々」
何故か、ダルイさんがこそりと私に告げる。その意図がよく掴めなかったが、私の感情が顔に出ていたのかもしれないと思い馳せて私こそすまない、という感情が湧いたが言葉は出てこなかった。何事もなかったかのようにそのまま結界が張られている場所に向かう。明日が雨、ということだったが、油断すればすぐに雨が降ってきそうな、そんな雰囲気の空に少し不安を覚えた
結界崩壊少女
(世界の兆しを眺む)
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