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誰もが叶う願いなど


「私の想いは、ここにはないというのに…」


舞台の上でドレスと長いブロンドの髪を身に纏った名前は瞳を伏せてそう呟いた。体育館内で1組の劇を見ていた人間は名前の吐息と悩ましげな声に感嘆の溜め息を吐いた。四天宝寺の文化祭は2日間に渡って行われ、1日目の今日は3年生の劇が行われていた。先程まで8組のお笑い詰め合わせ劇で湧いていた体育館は、今は静まり返り1組の演目を見ている


「もう少し…あと半月だけ……!」


「、ラミア嬢」


「貴方の私への想いに疑いなどありません。ただ、もう少しだけお待ちいただきたいのです…私の気持ちが、鎮まるまでの間」


お願い……と崩れる名前に対峙する男は分かりました、と優しく名前を抱き締めた。舞台の照明が切れ、次に現れたのは細長く高さのある塔。その上には人の顔程の窓があり、そこからは金色の艶のある髪が地面まで流落している


「エリザ…エリザ、」


夜の月に照らされて現れたのは名前が演じるラミアである。塔の下で流落している金髪にキスを落とすラミアに体育館内はぞわりとした恐怖に覆われた。名前は、いやラミアは狂気に満ちた瞳で口を歪ませ低い声で呟くように何度もキスをする


「あぁ、なんて美しい髪。こんな塔に閉じ込められた貴方が愛しいなど、貴方は私を軽蔑しますか…エリザ」


「いいえ。ラミア様、私はこうして私を想ってくださる貴方に感謝しているのです。もう誰も私には逢いにきてくれない…貴方以外は、誰も」


「どうかそんな寂しい声を出さないで…これでは、私は婚約することが出来ません」


「婚約…とは、」


塔の中から聞こえる声にラミアは息を詰まらせた。父親が急死したことで家を守るための婚約を結ばされた、と言うと塔の中からは返事がないのでラミアは焦りを隠さず声を荒げて上を見上げた


「っ、違うのです!これは裏切りではないのです…エリザ、お願い私を嫌いにならないで!貴方に嫌われたら私、生きていけない…!」


嘆き崩れるラミアに塔の中のエリザは涙声にか細い声を出す


「ラミア様…どうか最後にお近くでそのお顔を拝見したいのです……私の髪を辿りここまで登ってきてはくださりませんか……」


「エリザ…」


今度はエリザが泣き崩れ、ラミアは暫くその声を聞き泣いていたがやがて覚悟を決めたように髪を紐代わりに塔を登りはじめた。その細い髪が手を赤に染めていく中でラミアは落ちても落ちても諦めずに登っていく。もはやそれは狂気の成せる技で、迫る演技に体育館は未だ恐怖に包まれている


「っはぁ…は、もうすぐよ……エリザ」


勢いよくラミアが塔の唯一の窓に手をかけたその時であった。そこから真っ白な両手が現れラミアの顔を乱暴に掴んだのは


「はは、これだからお姉さまは大好きよ!」


「っエリ、ザ!?離してっ!」


「えぇ…離してあげる!」


ばっ、と離された両手。ラミアはそこから塔の下に落ちた。下にはクッションが置いてあるので名前は落ちながらも自然に受け身をとる。そのまままた演技を始めた


「な、」


「やった…やったわお姉様!ねぇ、立ちなさいよ!」


決して開く筈がないその塔が真っ二つに割れているのを無理矢理に立たされたラミアは確認して、それから意識を朦朧とさせてまた崩れた


「はは…死んじゃ駄目よ。ねぇ、この塔の名前知ってる?小さい頃、姉様がここまで私を連れてきて教えてくれたのに、やっぱり本当に忘れてしまうのねぇ…ただ、その醜い想いを残して!」


エリザは地面に崩れるラミアを踏みつけて笑う。長い髪を振りかざして


「これは忘却の塔。この中に閉じ込められた人間は忘れられるの。全てのものから。ことから。人間からも動物からも、時間からも。だけどお姉様、私は時間からは忘れ去られることは無かった…貴方が私という妹の存在を忘れてもなお、その忌まわしい想いを忘れなかった為に」


エリザはどこにそんな力があるのかと問いたくなるような力でラミアを塔の中へと引き摺っていく。ラミアにはもう意識らしいものはない


「女であり、妹である私を愛した貴方は自分の狂気に恐れを抱いた。たった少しの理性で、貴方は私を閉じ込め忘れることを選んだ…けれど想いは消えない!再び私に惹かれていく貴方は滑稽だったわ!あはは!そして今度はあんたがここに入る番よっ」


エリザはラミアを塔の中へと放り込んだ。その瞬間に塔が閉じていく


「そこから出るには閉じ込めた人間に触れればいいのよ?だけどお姉様、私は二度とここには来ないわ。いいえ、私だけじゃない…誰も何も、時間さえも来ない!貴方という醜い人間を想う人間など、現れやしないのだから!永遠にその痛みを感じまともに息もせずそこにいるのねっ」


エリザ役の女の子の笑い声が体育館内に響く。舞台の照明が全て消され声だけが流れていく


「エリザ嬢、婚約のドレスはそれで宜しかったですか?」


「えぇ、とっても綺麗…ねぇ、お母様もそう思うでしょう?」


「本当に。嫁にやるのが惜しいくらいだわ」


「あらやだ。私相手の男性を気に入ってるのよ?確かにお父様が亡くなられたのが切っ掛けだけれど、きっと幸せになるわ。私」


エリザの最後の台詞と同時に照らされた塔の小窓からはラミアの血だらけの左手と、そこからまるでエリザの髪のように血が伝っていた


「私、を愛して…」


舞台の前の席に座っていた女の子たちがラミアの呟きに思わずひっ、と声を上げた。そのまま舞台の幕は降り、やがて体育館内は拍手の渦に包まれた








20 END



あきゅろす。
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