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最後の夏、汗が滲んでいた


夏休み最終日。彼が名前を夏祭りに誘ったのに明確な理由など無かった。ただ何となく。全国大会が終わり東京から帰ってきたその日に部室の荷物を片付けに行かなければ、きっと今頃は家でテレビでも観てるのだろうと名前を待ちながら白石蔵ノ介は腕時計を見た


(なんや、やっぱ銀とかと来た方が良かったかもしれん…変に緊張しとる)


とはいえ誘ったのは自分な訳で、というかもうすぐ待ち合わせの時間になる。白石の思いは遅すぎで事実、名前はすぐそこまで迫っていた。1人になれば何故名前を誘ったのだろう、と白石は思うのだが、時間通りやろ?とそれが嬉しかったのか微笑んで自分の前に名前が現れるとそれは愚問のような気がして白石はおん、と頷いて何気なく歩き出した


「めっちゃ人おるな」


「人混み苦手やったりした?」


「いや、全然」


そう答える通り名前は白石が思うよりも先々と歩いていってしまう。白石は追うようになってしまうのは嫌だったので、さっと歩調を合わせた


「な、あそこ行こ」


淡々と自分の行きたい出店へ行く名前に白石は自分がリードしなければならないのだろうかと心配していたことが馬鹿らしく思えて苦笑し、一緒にそこへ向かいかき氷やらたこ焼きやらを買った


「苗字さん結構食べる方なんやな」


「まぁ、こういう時は特別やろ」


「確かに」


普段より食べているのは自分も同じなので同意するその際に名前の頬にたこ焼きのソースがついているのを発見した白石はどうしようかと間を置いた後、そっと名前の頬を拭ってみた。思った通り、彼女は何の変化もない。白石はそれが妙にむず痒く感じ、名前に何かしら言おうと口を開いたがその先は後ろからかけられた声に遮られ発せられることはなかった


「こんなとこで何してんすか、二人で」


「自分こそ何やってんの。子供おぶって」


甥っ子なんすわ、と普段の様子で後ろから現れた財前に話しかける名前に対して向ける目と、自分に向けられる目の明らかな違いに白石は気付かぬフリをして名前と財前の元へ行く


「なんや、甥っ子と二人で来たん?」


「こいつがうっさいから連れて来たっただけですわ。そしたら疲れて寝よって」


今から帰ろうとしてたとこです、と言う割にはそんな素振りのない財前に白石は内心溜め息をついた。何となく、夏休みが終わるのだと実感させられてきたのだ。だがそれはまだ緩い実感だった


「し、らいし?」


人混みで騒がしい中、自分の名が呼ばれたような気がして振り向いた白石はその身を固くした。振り向かなかったところで避けられるような距離ではない所に、高城知恵が居たためである


「おま、急に消えんなや……って、白石…」


そして後から現れた謙也にいよいよ白石はどうしていいのかが分からなくなった。謙也と高城が一緒に夏祭りに来ているのは良いことだ。自分では高城の想いには応えられないのだから、と心の中では謙也を応援する立場にいる白石ではあるのだが、まるで誤解しないでというような高城の瞳が謙也を傷付けているのが辛かった


「忍足くんと高城さんも来てたんや」


「苗字!?な、なんでここに」


全く動じることのない名前に感服していたのは白石よりも謙也であった。謙也は名前が自分たち三人の間の問題を知っていることを、知っているから


「ウチらもう帰るとこやねん。光の甥っ子が疲れて寝てしもて」


な、と自分に笑いかけてきた名前に白石はそや、と謙也と高城に自然に言うことが出来た。財前は口を挟みたそうにしていたが、名前に視線でそれを制されたので止めた。この場を操っているのは完全に名前であったのだ


「ほな、また明日」


行こう、と名前が声をかけてくれるので白石はほなな、と謙也と高城に挨拶をした後、違和感なく二人と別れることが出来た。名前の立場を不利にしている、とは分かってはいても甘えてしまったことに後悔しながら。そのまま夏祭りを抜けると、黙っていた財前が甥っ子をおぶりなおして名前に溜め息をついた


「名前先輩、コイツをダシに使うんやめてください」


「せやかて二人の邪魔したあかんやろ…それに」


白石くん、ほんまは人混み苦手やんな。と財前の横を歩いていた名前に振り向かれ、白石はまたどうしようもなくなるむず痒い感情を抱いた










19 END



あきゅろす。
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