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知らぬ間に夏、そして


名前の夏休みは意外にも計画的であった。いや、計画的でなければならなくなった。原因は夏休みに入る前のHR


「えー、夏休みが終わった一週間後に文化祭があるわけやが、知っとる通り3年は全クラス舞台を使ったパフォーマンスや。ほんでまぁ大抵のクラスはお笑いに走りよるやろうが…生憎このクラスはそっちには向いとらん」


残念ながらツッコミがおらんねや!と少し悔しそうな担任に1組の生徒はそうやったんやぁ、と黙っている。担任はそれに内心呆れつつも口を開く


「そこで1組はマジの劇をやろうと思う。っちゅーことで取り敢えず演者を決めたいんやが、夏休みにも練習しに学校来れる奴が条件や。せやから大会で忙しい千歳は演者候補から抜けてもらうで」


えぇな、と何故か名前に確認をする担任に名前もえぇと思います、と応えた。千歳が教室にいないからとはいえ…というツッコミは残念ながらツッコミ不在の1組では起きなかった


「まぁここ府立やし皆受験生やからな。受験云々で忙しい言うんはナシにしよか。ほな千歳以外の奴らん中から演者決めんでー。ほな男はこっちのくじ引け。女子はこっちのなー」


という経緯で残り物のくじで主役を引いた、というか当たった名前は受験勉強と学校での文化祭の練習を両立するために計画的な夏休みを過ごしていた。こんな忙しい夏休みも嫌いやないな、と暑い夏の陽射しを浴びながら名前は自転車を漕いで今日も練習に励む


「あと2週間あれば直せるわ」


「こっちはピッタリやで」


誰が言うでもなく始まった衣装合わせに演者も衣装係もどこか楽しそうで、特に名前の周りはそれが大きなようである


「苗字さんは二着やしなぁ…早着替えとか大丈夫かな」


「アレンの時のカツラつけてみてや」


「あー…こっちはこっちで似合うわ」


「衣装も直す必要なさそうやな」


名前へのクラスメートからの恐怖は球技大会から日が経つに連れて薄まっていった。今は演者であり主役である名前にクラスメートは皆、何らかの形で関わっている。その形の1つ1つに個人の想いがこもっていることを名前は感じていた。そしてそれに応えようとする姿勢は演技に現れる。名前の演技は、演目から危うい色気に包まれていた


「ほな二人で一回衣装のまま踊ってみて。耐久性見ときたいし」


「おぉ…なんやこんな格好やと緊張すんな」


「せやな」


名前と男子生徒はそうは言うものの慣れた様子で手を取り合い曲に合わせてはステップを踏む。見慣れているとはいえ少し見とれてしまう1組の生徒を他所にダンスは終わり名前と男子生徒は問題ない、と視線を交わした。その後も台詞合わせや動きなどを確認し時刻が17時になると解散となった。夏休みも残り一週間となり、練習の様子からして問題はないだろうという判断が下されたことと、受験勉強もあるだろうからということで明日からは練習がない。名前はそれならばと教室に残り台詞の練習をしようと考えていたので、皆が帰った後も教室で声を出す


「敵わぬというのか…この私が……あの男には何も、かも」


途中まで台本を読んでやっぱ相手おらんと気持ち入らへん、と台本をしまい帰ろうとする名前は自転車置き場に向かう為にテニスコートを横切る。全国大会で東京へと行っている主のないそこは少し物寂しい。ふとそんな部室を名前が視界に入れた時であった。その部室から人が出てきたのは


「…どうも」


思い切り目が合ってしまっては反らすことも出来ない。だが部室から出てきた人物の雰囲気は決して容易に話しかけてよいものではなく、また久しぶりということもあって名前は距離を置いた挨拶をしてしまった


「あぁ、苗字さんやん。久しぶりやな」


「白石くん、ちょっと焼けたな」


「そか?ところで苗字さんは学校で何しとんの?」


白石の口調が夏休み前と違うのを感じた名前は表情を変えないまま彼の左手に包帯が巻かれていないのを見て全国大会が終わり帰ってきたのだと悟った


「文化祭の準備。もうすぐやろ?」


「あぁ、せやな」


どことなく疲れた風に眉を下げる白石は部室の鍵を閉めた。その背中が小さく見えるのは何故だろう、と名前はぼんやりと呟いた


「もう、えぇの?」


聞こえたのならばそれでもいいし、聞こえなければそれでもいいと呟いた声に白石が振り向くので名前はぼんやりとその全てを視界に入れる


「優勝出来ひんかったんは悔しいけど皆やることはやったわ。俺も……勝ったし」


左肩のテニスバッグを抱え直す白石は少し気恥ずかしそうに最後の言葉を言ったが、名前が変わらずに微笑んでいるので白石はドキリとした。ここがコートで、誰も居ないのがもっともらしい理由の筈なのに、何故か名前の優しさに白石は胸がつまるのを感じた


「…もっと、皆とやりたかったなぁ……」


自分の口から出てきた言葉を白石自身は気付いていないようで、次の瞬間には名前に文化祭の話を切り出していた







18 END



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