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夏は期末試験の後に


期末試験まで1週間となり、大会を控える部活以外は活動を停止するテスト週間に差し掛かってはいたものの、府大会優勝を決め関西大会も順調に勝ち進んでいるテニス部にはその存在は一切考慮されなかった。しかし、勝ったもん勝ちやのスローガンを掲げているが故に練習の時間を増やすも減らすも個人の自由であるため、試験勉強の時間ぐらいは確保できるようで、いつもよりも早めに練習を切り上げる選手がチラホラと見える。そんな7月上旬


「小春…何これ」


「可愛いエプロンでしょ?ユウくんが作ったんよ」


「いや、可愛いけど。せやのうて何で小春ん家来て早々エプロン着させられたんかを聞いてんねん」


たまに授業をサボる名前ではあるが、大抵の教科は一通り出来る上でサボっているので試験には不安は持っていないのだが、少し引っ掛かる教科が一つ。数学である。幸いにも数学があり得ないほど出来る小春が友達であった為に、名前はいつからか試験前には小春の家で勉強を教えて貰うことが当然のようになっていた。そして3年の期末試験前の日曜日の今日も例外なく小春の家に訪れたのだが、どういう訳かピンクを基調としてギンガムチェックのハートが胸に大きくついたエプロンを着させられたのだ。来て早々に


「実はねぇ、今2階にテニス部の皆が来てるのよ。それで一年の金ちゃんって子がおやつにたこ焼き食べたい言うの。作って?」


「テニス部の皆って、そんなん聞いてへんし」


「言うてないわよ。言うたら来ないでしょ、はかどらへんし」


「分かってたら言ってや…」


「ま、皆たこ焼き食べたら帰る雰囲気やし、名前にはその後でちゃんと教えてあげるわよ。その授業料やと思って、ね!」


小春の唐突な申し出ではあったが、世話になっているというのもあるしこれから世話になるというのもあって名前は渋々その申し出を受け入れた。ただしショッキングピンクのエプロンは脱いで


「なぁ小春、プレート届かへんねんけど」


用意されていた材料を切ってから見たいお笑い番組の録画をする、と隣のリビングに行った小春を呼びにリビングの扉を開ける。その慣れた仕草に声を荒げられるとは知らずに


「あ、はいはい」


「あ、はいはいっておどれら夫婦か!って夫婦は俺らやろ!つまりあれか!浮気か!」


「違うけど」


「分かっとるわ!っちゅーかお前は小春ん家で何してんねんっ」


またお前か、と言わんばかりの一氏を逆撫でしないように名前が状況を説明していると小春が不意にちょうどえぇわ、と名前の後ろを見て言うので視線を向けるとそこには驚きの表情を浮かべる謙也が居た


「謙也くん、名前ちゃん手伝ってあげて」


「な、んで苗字がここに」


「取り敢えずプレート取ってくれる?」


リビングの扉を閉めて台所へ移動しながら一氏に説明したようにこれまでの経緯を話し謙也を納得させた後、取ってもらったプレートを温め始めると謙也は俺が焼いたるわ!とテンションを上げてにこりと笑った


「もうえぇかな」


「ほないくで」


プレートが高温になってからは殆んど謙也の独壇場であった。楽しそうやしえぇよな、と名前はお皿などを並べ終え見ているだけに徹する。謙也はそんな様子の名前に笑顔を絶やさず話しかけた


「修学旅行ん時は、あれやな。お世話になりました状態」


「何もお世話してへんけど」


「ええねん。俺的にはめっちゃなったし。何か最近めっちゃポジティブなんも苗字のおかげやと思っとるし」


「あ、そう」


無駄に感謝されとるっちゅーことは高城さんと上手くいってんのかな、と呆れ笑いをする名前を他所に、謙也はそんな名前を一種、救世主のように感じていた。修学旅行の海辺での一件、スペースワールドでの一件で。特に海辺での名前の飄々とした態度は謙也からすれば予想外のもので、自分のいわば負の感情を肯定された瞬間であった。それは嫉妬であったり、悲しみであったり、決して他者が踏み込もうとしないものを名前は「えぇやん」の一言で存在を肯定したということである。自分自身そんな負の感情を否定しようと足掻いていた時にそれを認められ、すっと胸の内が軽くなったのは事実である謙也からすれば名前への感謝は計り知れない。だが名前からすれば覗き、は自分もやっているし悪気など要らない訳で飄々としていただけ。二人の間に大きな見解の差があることは間違いがないのだが、お互いにそれは知らない


「浪速のスピードスターはひっくり返すんも速いで!」


「あつ」


「油はねてもた!」









15 END



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